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国絵図と国界
近世国絵図総覧
陸奥国と出羽国

「国」とは律令制のもとで定められた地方区分で「尾張」「備前」「土佐」「薩摩」などのことです。「旧国名」といったほうが通じるかもしれません。地域差はあるようですが、いまでも広域地名や市町村合併の結果として、あるいは商品名やブランド等々で使用されています。上野・遠江・長門は、略称 (別称) の上州・遠州・長州のほうが知名度が高いかもしれません。

この「国」は「府県」が定着する明治末期まで日常的に、また公的にも使用されました。このため、多くの人が認識する「国」の範囲、いいかえれば国と国の境界である「くにざかい」(国境・国界) はこのころのものです。

けれども国界 (くにざかい、あるいはコッカイ) は、はじめからそのままだったわけではありません。なかには大きな変動を経験したり、長い期間を経て変わってしまったところもあります。そういった変化はそれぞれの地域の「郷土史」のなかでそれぞれに語られることはあっても、全体を俯瞰することはありませんでした。

『国絵図と国界』が目指したのはその国界の変遷を集成することによって、変動の背景を明らかにことにあります。つまり副題に据えた「クニのサカイはなぜ変わったのか」が主要なテーマです。

なお、『国絵図と国界』は、もともと『シモウサへようこそ!』の付録 (コラム) だったものを再構成・追補したものです (履歴を残したい意図があって、更新を停止したものを『シモウサへようこそ!』にも残してあります)。

「国絵図」とは、五畿七道の「国」を単位として作成された絵図をいい、特に江戸期 (江戸時代) に幕府の指示によって、全国規模で一斉に作成されたものが注目されます。それらは慶長年間(1596~1615)・正保年間(1644~1648)・元禄年間(1688~1704)・天保年間(1830~1844) の 4回、またはこれに寛永年間(1624~1644) を加えた 5回に渡って作成されました。

国絵図は非常に大きく、天保年間(1830~1844) のもので島嶼部は除けば、コンパクトに収まっているものでも 3メートル四方あり、そうでなければふつう長辺は 4〜6メートルにおよび、面積で最大の伊予国絵図は 7メートル四方もあります。また正保年間(1644~1648) の出羽国絵図は長辺が 12メートル以上もあって、まさに破格の大きさです。

このため従来は、各地の図書館・文書館・大学などに現存していたとしても、閲覧できる機会は非常に限られていましたが、近年はデジタルアーカイブの整備が進み、オンラインで参照できる国絵図が大幅に増えました。しかし一方で、それらは基本的には独立したものであって、慶長から天保まで系統的に参照することは難しいのが現状です。

『近世国絵図総覧』はこの問題を解決し、現存する江戸期の国絵図 (慶長・寛永・正保・元禄・天保) のすべてを網羅することを目的としています。また、単なるリンク集や雑多な古地図コレクションにならないよう、国絵図は参照できる限り調査・検証し、デジタルアーカイブが存在しない場合にはその現状を明らかにしています。デジタルアーカイブが存在する場合でも、その画像の解像度・品質はまちまちであり、この点についても追求しています。

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