天文17年(1548) 以降、諏訪は甲斐の武田晴信 (信玄) の領国に組み込まれ、その後 30年以上にわたってこの体制が続くことになった。しかし天正10年(1582) 3月に織田信長によって武田氏は滅亡する一方、6月には本能寺の変が起こって、在地の旧勢力や有力大名の動きが活発となり、諏訪では諏訪頼忠 (頼重の従兄弟) が旧臣らに擁立された。頼忠は徳川家康の配下となって天正11年(1583) 諏訪を安堵され、この間に回復した旧領は甲斐の側に拡大し、そのまま近世以降の甲斐・信濃国界に継承された。

詳細は『18. 富士見町東部』を参照。