長島は戦国期を迎えるころには薩摩国勢力の圧迫を受けるようになった。そして永禄8年(1565) 出水いずみの薩州島津氏に攻略され、天てん正しょう9年(1581) までに島津義よし虎とらの支配が確立された。このため、天正15年(1587) 秀吉の九州侵攻と島津義よし久ひさ(本家・奥州島津氏) の降服後は、やはり薩摩国とみなされ、肥後・薩摩の国界は北へ移動した。
詳細は『20. 長島』を参照。