鎌倉公方・足利成しげ氏うじと関東管領・上杉憲のり忠ただの不和・対立に端を発した享きょう徳とくの乱は、関東全域を 28年間の戦乱に巻き込んだ。この間に成氏が本拠地を古こ河がに移して古河公方が成立し、中世の利根川本流を挟んで諸勢力が睨み合う構図が生まれた。これによって新にい方がた地域は下総しもうさから切り離され、武蔵むさし国と一体性が増し、混乱のなか岩付 (岩いわ槻つき) の太田氏の勢力下に入ったとみられる。国界が確定するのはやや遅く、慶けい長ちょう17年(1612) の検地を契機に当地は武蔵国として把握された。
詳細は『28.2.1. 新方』を参照。