依上保は、陸奥国 白河郡 依上郷が荘園化・成立し、戦国初期までは一貫して陸奥国として把握されていた。しかし少しずつ常陸国の佐竹氏から圧迫を受けるようになると、永正7年(1510) 白河結城氏の内紛に乗じた佐竹氏が本格的に侵攻し、以後はその勢力下に置かれることになった。その後、佐竹義宣は豊臣秀吉に帰順し、文禄4年(1595) の所領安堵を機に依上保の村々は常陸国 久慈郡として把握され、陸奥・常陸の国界は変動した。

詳細は『25. 依上保』を参照。
「依上」の表記は基本的にこのとおりだが、一部には例外的に「依神」とある。大子町は「依神の里」あたりで売り出したらどうか。水芭蕉の群生地として『依神の森・水ばしょうの里』はある。