近世の上かみ菱びし村・下しも菱びし村・小お友とも村にあたる菱地区は、慶けい長ちょう3年(1598) 以後、遅くとも慶けい安あん元年(1648) までに上野こうずけ国から下野しもつけ国に移され、国界は東の稜線から西の桐生きりゅう川へ変更された。寛かん永えい20年(1643) 榊原忠ただ次つぐが陸奥むつ国 白河へ加増・転封となって、代わりに松平乗のり寿ながが入ったとき、周辺地域も含めた所領再編成のなかで国郡も見直されたと推定される。
詳細は『27.1. 桐生川 (江戸初期)』を参照。