37. 近代地理史料

37.1. 迅速測図・仮製地形図・迅速測図原図

(1) 迅速測図・仮製地形図

どちらも明治期のはじめ、「正式測図」に先立って略式の方法で測量した地形図であり、『迅速測図』は関東地方、『仮製地形図』は近畿地方のものをいう。測量はそれぞれ明治13~19年(1880~1886)・明治17~23年(1878~1891)、『迅速図』『仮製図』は略語。近代に入って間もない時期の測量であるため、近世末期の景観がほとんどそのままに記録されている。略式であるのは測量方法だけであり、地図としての完成度はその後の正式図と比較しても遜色ない。

迅速測図の正式名称は『第一軍管 (師管) 地方迅速測図』、発行は「参謀本部陸軍部測量局」または「陸地測量部」、はじめ前者、明治21年(1888) 以降は後者とされる※1。たとえば明治20年(1887) 8月26日出版の『二子村』は『品川及横浜近傍第三号 (第一軍管地方迅速測図)』で発行は「大日本帝国参謀本部陸軍部測量局」※2、『市川駅』は『東京近傍第三号 (第一軍管地方迅速測図)』で発行は「参謀本部陸軍部測量局」※3、明治23年(1890) 再版の『下谷区』は『東京近傍第五号 (第一師管地方迅速測図)』で発行は「陸地測量部」※4

仮製地形図は『京阪地方仮製地形図』と呼称されることが多いが (一部では『大阪地方~』)、地形図自体には単に「仮製地形図」としか記載されていない。たとえば『神戸』は『兵庫十五号 (仮製地形図)』※5、『須磨村』は『堺十六号 (仮製地形図)』※6

なお、名称に縮尺を含める場合、迅速測図は『第一軍管 (師管) 地方2万分の1迅速測図』など、仮製地形図は『京阪地方2万分の1仮製地形図』『京阪地方仮製2万分の1地形図』など。迅速測図 (迅速図)・仮製地形図 (仮製図) とも、広義には明治前期に同様の略式の方法で測量した地形図の総称である。

(2) 迅速測図原図

文字どおりに迅速測図の原図。水彩絵の具で彩色されていることを大きな特徴とする。これはその後採用されなかったフランス方式によるためであり、原図を基にした迅速測図はドイツ方式で製図され、一色刷りで発行された。

Fig.548 迅速測図原図 (埼玉縣武蔵國南埼玉郡粕壁驛近傍村落)
Fig.548 迅速測図原図 (埼玉縣武蔵國南埼玉郡粕壁驛近傍村落)

「原図」とそれを整えたものの関係である以上、地形図としての全般的な情報量に関して両者に大きな違いはない。しかし、原図でなければ得られない情報もあり、たとえば植生や低湿地における水域・荒地の表現は迅速測図より多彩であり、また水田と畑地の区別も明瞭なため、低地の微小地形を検討するのに重宝する。もっとも原図という性質上、担当者の違いに起因するばらつきや不整合、また誤りや漏れを含んでいる可能性のほか、正確な意図の不明な表現が存在する。また当然ながら、迅速測図を作成する段階で書き加えられた情報は原図には存在しない。たとえば、原図で確認可能な田畑の区画は小道 (農道) で区切られるところまでであり、その内訳 (畔で区切られた最小区画) はわからない。原図で多彩であるのは「表現」であって、「記号」として定式化された情報量は迅速測図のほうがもちろん多い。

一括して覆刻販売されたときの主題は『明治前期手書彩色関東実測図』、のち個別または地区単位で購入可能になったものは『明治前期測量2万分1フランス式彩色地図』、どちらも副題は『第一軍管地方二万分一迅速測図原図覆刻版』だが、後者は販売形態の関係か、あったりなかったり統一されていない。国土地理院の古地図コレクションにおける総称は『迅速測図原図 (フランス式彩色図)』である。

全体の半数ほどには枠外に「視図」と呼ばれる風景・事物のスケッチが描かれている。ほとんどは簡単で小さなものが 1~2点含まれているに過ぎないが、中には全面にわたって色鮮やかに描き込まれいているものもある。

37.2. 旧高旧領取調帳

きゅうだかきゅうりょうとり調しらべちょう』は明治維新後に新政府が作成させたもので、国郡ごとに明治初期各村の領知とその石高が記載されている。相給の場合はその内訳も記載され、寺社領も分けられている。原本は関東大震災で失われ現存しない。現在参照されるのは、1969~1979年に木村もといが 1次写本を底本として校訂し、活字化したものである。それをさらに電子化し、オンラインで検索可能にしたものも別に公開されている。

木村が底本とした1次写本では越中えっちゅう但馬たじま出雲いずもいわ隠岐おきぜん豊後ぶんごと、丹波のかみ郡・郡が欠けている。これらのうち豊前・豊後は 2次写本で補われているが、それ以外は天保郷帳をもとに木村自身が改めて作成したものとなっている。1次写本による部分も地名・人名を中心に複数の史料と照合・補訂されている。

Fig.708 旧高旧領取調帳 関東編(1969) (部分 ・ 国立国会図書館 所蔵)
Fig.708 旧高旧領取調帳 関東編(1969) (部分・国立国会図書館 所蔵)

37.3. 皇国地誌・郡村誌

皇国地誌は、明治初期に政府によって計画された全国規模の地誌。国誌・郡誌・村誌から構成され、皇国地誌はその総称。編纂事業は明治5年(1872) に開始されたものの、その後、紆余曲折を経て明治26年(1893) に未完成のまま停止された。刊行にいたったのは国誌の簡略版といえる『日本地誌提要』と『大日本国誌』の第3巻 (安房国) に限られ (ほか付図など)、集められた膨大な史料・原稿も大正12年(1923) の関東大震災で焼失して現存しない。

しかし村誌については、基本的に各村から提出された原稿を県でとりまとめて提出するという流れであったため、各地に副本 (控え・写し)・稿本が残っており、国単位で集成されたものが刊行されたり、各市町村史に個別に収録されることがある。基本的には『村誌』にほかならないが、村誌が郡ごとにまとまっているためか『郡村誌』の名称が定着し、場合によってはその経緯から『皇国地誌』と呼ぶこともある。ほかに村単位の史料が得られない場合、唯一の史料である。

(1) 武蔵国郡村誌

埼玉県庁に保存されていた控えにより「郡村誌」の埼玉県分を出版したもの。昭和28~30年(1953~1955) 刊。書名は『武蔵国郡村誌』だが、下総国 葛飾郡のうち江戸川以西 (埼玉県管轄下) の村々についても第15巻 (最終巻) に収録されている。

書名内容など
『武蔵国郡村誌 第1巻』1953足立郡 (1~7)
『武蔵国郡村誌 第2巻』1954足立郡 (8~14)
『武蔵国郡村誌 第3巻』1954足立郡 (15~18, 完) ・ 新座郡 (全)
『武蔵国郡村誌 第4巻』1954入間郡 (1~8)
『武蔵国郡村誌 第5巻』1954入間郡 (9~10, 完) ・ 高麗郡 (1~5, 全)
『武蔵国郡村誌 第6巻』1954比企郡 (1~8, 全) ・ 横見郡 (1~2, 全)
『武蔵国郡村誌 第7巻』1954秩父郡 (1~6, 全)
『武蔵国郡村誌 第8巻』1954児玉郡 (1~3, 全) ・ 賀美郡 (1~2, 全) ・ 那珂郡 (全)
『武蔵国郡村誌 第9巻』1954大里郡 (1~3, 全) ・ 男衾郡 (1~2, 全) ・ 榛沢郡 (1~2)
『武蔵国郡村誌 第10巻』1954榛沢郡 (3~5, 完) ・ 幡羅郡 (1~4, 全)
『武蔵国郡村誌 第11巻』1954埼玉郡 (1~8)
『武蔵国郡村誌 第12巻』1954埼玉郡 (9~16)
『武蔵国郡村誌 第13巻』1955埼玉郡 (17~23, 完)
『武蔵国郡村誌 第14巻』1955葛飾郡 (1~7, 全)
『武蔵国郡村誌 第15巻』1955下総国 葛飾郡 (1~3, 全) ・ 各郡誌

(2) 長野県町村誌

長野県庁に保存されていた副本により「郡村誌」の長野県分を出版したもの、および復刻版。オリジナルは 昭和11年(1936) 刊。

書名内容など
『長野県町村誌 第1巻 北信篇』1936上水内郡 ・ 下水内郡 ・ 上高井郡 ・ 下高井郡 ・ 更級郡
復刻版: 明治文献1973
復刻版: 名著出版1973
復刻版: 郷土出版社1985
『長野県町村誌 第2巻 東信篇』1936埴科郡 ・ 小県郡 ・ 北佐久郡 ・ 南佐久郡
復刻版: 明治文献1973
復刻版: 名著出版1973
復刻版: 郷土出版社1985
『長野県町村誌 第3巻 南信篇』1936北安曇郡 ・ 南安曇郡 ・ 東筑摩郡 ・ 西筑摩郡 ・ 諏訪郡 ・ 上伊那郡 ・ 下伊那郡
復刻版: 明治文献1973
復刻版: 名著出版1973
復刻版 (『中南信篇』): 郷土出版社1985

上とは別に付図が集成され、『明治初期長野県町村絵地図大鑑』として出版されている。 昭和60年(1936) 刊。

書名内容など
『明治初期 長野県町村絵地図大鑑 1 東信篇』1985佐久郡 ・ 小県郡
『明治初期 長野県町村絵地図大鑑 2 北信篇』1985更級郡 ・ 埴科郡 ・ 水内郡 ・ 高井郡
『明治初期 長野県町村絵地図大鑑 3 中信篇』1985安曇郡 ・ 筑摩郡
『明治初期 長野県町村絵地図大鑑 4 南信篇』1985諏訪郡 ・ 伊那郡
『明治初期 長野県町村絵地図大鑑 別巻』1985市町村変遷表

(3) 上野国郡村誌

群馬県議会図書室所蔵の同名史料 (原本) により「郡村誌」の上野国分 (群馬県分) を刊行したもの。昭和52年(1977)から 昭和62年(1987) まで、1~2巻/年のペースで発行された。全17巻、別に第18巻として平成3年(1991) 刊行の総索引がある。

このうち邑楽郡については、『群馬県邑楽郡町村誌材料』(1889) として当時の郡役所から先行して刊行済みであり、第17巻 (邑楽郡) もこれを活字など一新の上で復刻したものになっている。一方で解題および勢多郡村誌 1冊目 (この『冊』は原本の単位であり、各巻の内訳) の冒頭によれば、第1巻から第3巻までの勢多郡は各町村から提出された原稿のままである。残る第4巻から第16巻までの各郡は、全巻共通の凡例に「提出されたものの稿本または写し」とあり、また「群馬郡と山田郡のもので、同一町村誌の稿本と国に提出したものの写しとの二種類が保存されているものがあり、その場合は写しを省略した」とあるので、「稿本」であっても「国に提出したもの」と品質的に等しい (そうでなければ写しを収録するべきである)。解題によれば、村から提出された原稿に対して照会・実地調査が行われ、訂補されている。

書名内容など
『上野国郡村誌 1 勢多郡1』1977全体の解題、および 『勢多郡村誌原稿 第一冊』 ・ 『同 第二冊』 ・ 『同 第三冊』
『上野国郡村誌 2 勢多郡2』1978『勢多郡村誌原稿 第四冊』 ・ 『同 第五冊』 ・ 『同 第六冊』
『上野国郡村誌 3 勢多郡3』1978『勢多郡村誌原稿 第七冊』 ・ 『同 第八冊』 ・ 『同 第九冊』 ・ 『同 第十冊』
『上野国郡村誌 4 群馬郡1』1981『上野国東群馬郡村誌 一』 ・ 『同 二』 ・ 『群馬郡西部村誌 巻三』 ・ 『東群馬郡村志遺漏調』
『上野国郡村誌 5 群馬郡2』1980『群馬郡西部村誌 巻四』 ・ 『同 巻五』 ・ 『同 巻六』 ・ 『同 巻七』 ・ 『群馬郡西部村志 巻八』 ・ 『同 巻九』
『上野国郡村誌 6 群馬郡3』1981『上野国群馬郡西部村志 巻十』 ・ 『上野国群馬郡邨志 巻十一』 ・ 『群馬郡西部村誌 巻十二』 ・ 『群馬郡部西村誌 巻十三』 ・ 『同 巻十四』 ・ 『同 巻十五』 ・ 『同 巻十六』
『上野国郡村誌 7 多野郡』1981『上野国緑野郡村誌 壱』 ・ 『同 弐』 ・ 『同 三』 ・ 『多胡村誌 巻之壱』 ・ 『同 巻之弐』
『上野国郡村誌 8 甘楽郡1』1983『上野国甘楽郡村志 巻壱』 ・ 『同村誌 巻弐』 ・ 『同邨志 巻三』 ・ 『同村誌 巻四』 ・ 『同村誌 巻五』 ・ 『同邨志 巻六』 ・ 『同村志 巻七』
『上野国郡村誌 9 甘楽郡2』1983『上野国甘楽郡村誌 巻八』 ・ 『同 巻九』 ・ 『同 巻十』 ・ 『同 巻十一』 ・ 『同 巻十二』 ・ 『同 附録』
『上野国郡村誌 10 碓氷郡』1984『碓氷郡村誌 壱』 ・ 『同 二』 ・ 『同 三』 ・ 『同 四』 ・ 『上野国碓氷郡村誌 第二稿 五』
『上野国郡村誌 11 吾妻郡』1985『吾妻郡村誌』
『上野国郡村誌 12 利根郡1』1985『上野国利根郡村誌 第壱冊』 ・ 『同 第弐冊』 ・ 『同三冊』 ・ 『同 第四冊』 ・ 『同 第五冊』 ・ 『同 第六冊』
『上野国郡村誌 13 利根郡2』1985『上野国利根郡村誌 第七冊』 ・ 『同 第八冊』 ・ 『同九冊』 ・ 『同 第拾冊』 ・ 『同 第拾壱冊』
『上野国郡村誌 14 佐波郡』1986『上野佐位郡村誌 壱』 ・ 『同 二』 ・ 『同 三』 ・ 『同 四』 ・ 『上野国那波郡村誌 一』 ・ 『同 二』 ・ 『同 三』 ・ 『同 四』
『上野国郡村誌 15 新田郡』1986『上毛新田郡村誌 巻壱』 ・ 『同 巻弐』 ・ 『上野新田郡村誌 巻三』 ・ 『同 巻四』 ・ 『上毛新田郡村誌 巻五』 ・ 『同 巻六』 ・ 『同 巻七』 ・ 『上野新田郡村誌 巻八』 ・ 『同 巻九』
『上野国郡村誌 16 山田郡』1986『上野国山田郡邨誌 壱』 ・ 『同村志 二』 ・ 『同村志 三』 ・ 『同邨誌 四』 ・ 『同村志 五』
『上野国郡村誌 17 邑楽郡』1987『群馬県邑楽郡町村誌材料 巻之一』 ・ 『上野国邑楽郡町村誌材料 巻之二』 ・ 『群馬県邑楽郡町村誌材料 巻之三』
『上野国郡村誌 18 総索引』1991総目次 ・ 総索引 ・ 編集後記
注釈