15.1.3. 天保郷帳・国絵図の村々
Fig.102 伊師 (播磨・美作国界): 古代~中世
近世 美作国 吉野郡
26.
下庄村
27.
宮本村※1
32.
中山村※2
33.
下石井村※3
34.
青木村
35.
今岡村
36.
笹岡村※4
37.
辻堂村※5
38.
上庄村※6
39.
上石井村※3
40.
東町村
41.
さね※7
42.
水根村
43.
桑野村
44.
うち
45.
奥海おねみ
46.
西町村
47.
小原田村
49.
下町村
近世 播磨国 佐用郡
71.
仁方村
72.
豊福村※8
73.
平谷村※9
74.
末包村
75.
大畠村※10
76.
淀村
77.
大猪伏村※11
83.
奥長谷村
84.
平福村
85.
正吉村※12
86.
庵村
87.
友延村
^ ※1: 例外的に天保郷帳では「下庄村之内」と付記される (枝郷相当)。国絵図では「下庄」を冠称する。
^ ※2: 現在の地名は「東中山」。
^ ※3: 『15.1.1. 変動の要因』を参照。
^ ※4: 例外的に天保郷帳では「今岡村之内」と付記される (枝郷相当)。国絵図では「今岡」を冠称する。
^ ※5: 現在の地名は「中町」。
^ ※6: 例外的に天保郷帳では「辻堂村之内」と付記される (枝郷相当)。国絵図では「辻堂」を冠称する。
^ ※7: 現在の地名は「わか」。
^ ※8: [中世~織豊期] 建長2年(1250) 11月: 「播磨国豊福庄」・「播磨国佐用庄内」の「豊福村」(『九条道家初度惣処分状』、『兵庫県史 史料編 中世8』(1994) 所収、九条家文書#3・cc.320-325)、明応9年(1500)以前: 「大将軍等持院殿尊氏、貞和五年、以播州佐用豊福之村、賜赤松右衛門敦範」(『赤松則治寿像賛』、『龍野市史 第4巻』(1984) 所収、#588・c.222)。
^ ※9: 明治8年(1875) 豊福村に編入、したがって対応する近代の大字は存在しない。
^ ※10: 郷帳・国絵図では「豊福」を冠称する。
^ ※11: 明治8年(1875) 植木谷村と合併し大木谷村、したがって対応する近代の大字は「大木谷村」。
^ ※12: 明治9年(1875) 平福村に編入されたが、明治14年(1880) 正吉村・友延村に相当する部分が分離されて延吉村となった。したがって対応する近代の大字は「延吉」。