15.2. 近代

石井地区 (古代 ) と東中山は、近世 美作みまさか国 吉野郡の石井庄と讃甘さのも庄の一部 (中山村) として経過したが、近代に入って再び播磨はりま国として把握されることになった。

Fig.171 伊師 (美作・播磨国界): 明治29年(1896)

これは明治29年(1896) 3月29日付の法律第56号による。

法律第56号 (明治29年(1896) 3月29日付)

美作国 吉野郡 石井村 (岡山県管下) を播磨国 郡 (兵庫県管下) に編入し、美作国 吉野郡 讃甘村 大字中山 (同) を播磨国 佐用郡 江川村 (同) に編入する

原文※1: 岡山縣美作國吉野郡石井村ヲ兵庫縣播磨國佐用郡ニ編入シ岡山縣美作國吉野郡讃甘村大字中山ヲ兵庫縣播磨國佐用郡江川村ニ編入ス

兵庫県における郡制の施行が同年 (岡山県は明治32年(1899) であることから、これにあわせて地理・行政上の不便を解消したものと思われる。しかし近代 石井村には近世 美作国 吉野郡 石井庄の各村が含まれ、讃甘村の大字中山は近世 美作国 吉野郡 中山村であることから、これによって美作・播磨国界は古代へ戻ることになった。

^ ※1: 『法令全書 明治29年』(1986)、c.48。