昭和38年(1963)※1岡山県 和気郡 日生町のうち福浦地区 (大字福浦) の過半は兵庫県 赤穂市に編入された※2。大字福浦の過半とは近世 備前国 和気郡 福浦村・福浦新田に相当する部分であり、兵庫県に残ったのは寺山新田に相当する部分である。変更前の岡山・兵庫県境はかつての備前・播磨国界である。

いわゆる「昭和の大合併」における県境をまたいだ分離・合併 (編入) であり、ここでも住民間に激しい対立が生じ、岡山・兵庫両県も巻き込んで事態は紛糾した。問題が複雑化した大きな要因は、海面を利用する権利が絡んだことにある※4。しかし、福浦地区を含む福河村 (近世 福浦村・福浦新田・寺山新田・寒河村・中日生村) と旧・日生町が昭和30(1955) に合併した際、福浦地区の将来の分離可能性を認める付帯事項が協定書から無断で削除されていたことも問題を急激に悪化させた※3。
福浦地区は三方を山に囲まれ、東西どちらからも孤立した地形にあったが、都市化の進行にともなって赤穂市との結びつきが強まったようで、これに大阪の吸引力も影響した。
なお現在、当地には赤穂線の「備前福河駅」が存在する。ほかと重複・類似する場合、駅名は旧国名で区別されることが多く、備前福河駅も両端で接続する山陽本線に福川駅があったためと思われ、そこがかつて岡山県だったという記憶をささやかに留めている。ただしこのとき国界も変更されたいう事実は存在しないので、理屈の上では現在も当地は (おそらく) 備前国である。
| ^ ※1: | 昭和38年(1963) 9月1日付。 |
| ^ ※2: | 『日生町誌』(1972)・『岡山県史 第13巻 現代1』(1984)・『赤穂市史 第3巻 近現代通史』(1985) など。 |
| ^ ※3: | 『日生町誌』(1972)。 |
| ^ ※4: | 『赤穂市史 第3巻 近現代通史』(1985)(1985)。 |