16.3. 天保郷帳・国絵図の村々
Fig.154 置津郷 (安房・上総国界): 中世
近世 上総国 夷隅郡
31.
かいがけ
32.
おき※1
33.
守谷村※2
53.
浜村※3
63.
じっこく※4
78.
新官郷※5
78a.
ばら※6
78b.
沢倉村※6
79.
七本村※7
80.
関谷村※7
81.
墨名村※7
82.
勝浦村※8
82a.
浜勝浦村※9
83.
串浜村
84.
松部村
85.
鵜原村
86.
台宿村※10※11
87.
名木村※12
88.
中里村※12
89.
宮田村※12※13
90.
中島村※12
91.
法花村※12
92.
荒川村※12
93.
山田村※10※14
94.
小羽戸村※12
95.
大楠村※15
96.
芳賀村
97.
白井久保村※16
98.
しん
99.
宿戸しゅくど※17
100.
白木村※18
101.
なか※18
102.
平田村※18
103.
笛倉村※19
159.
大森村
160.
はまなめがわ
161.
大沢村
163.
川津村
169.
植野村※20
169a.
上植野村※20※21※22
^ ※1: [中世~織豊期] 天正8年(推定, 1580) 7月19日: 「当地興津巣城」(『里見義頼書状』、『勝浦市史 資料編 中世』(2003) 所収、編年#221・p.119)。
^ ※2: 『天保上総国郷帳』では「古者森谷村」と付記され、『元禄上総国郷帳』では「森谷村」。
^ ※3: [新田・分村] 『天保上総国郷帳』では「古者御宿村之内」と付記され、『元禄上総国郷帳』には含まれない。
^ ※4: [新田・分村] 貞享3年(1686) 新官郷から分村 (上総国町村誌 下巻,1889/1978)。
^ ※5: 『元禄上総国郷帳』では「右同断」と付記される (= 『惣名根小屋町』を冠称する)。
^ ※6: [新田・分村] 『元禄上総国郷帳』・『天保上総国郷帳』には含まれない。『天保上総国絵図』では「新官郷之内」と付記される。
^ ※7: [新田・分村] 『元禄上総国郷帳』では「新官郷之枝郷」、『天保上総国郷帳』・『天保上総国絵図』では「新官郷枝郷」と付記される。
^ ※8: [中世~織豊期] 天文11年(1542) 12月晦日: 「かつうら」(『正木時忠勝浦年貢割付』、『千葉県史料 中世篇 県外文書』(1966)、天正18年(推定, 1590): 「上総 かつらの城」(『関東八州諸城覚書』、『真壁町史料 中世編3』(1994)
^ ※9: [新田・分村] 『元禄上総国郷帳』・『天保上総国郷帳』には含まれない。『天保上総国絵図』では「新官郷之内」と付記される。
^ ※10: 『元禄上総国郷帳』・『天保上総国郷帳』、および『天保上総国絵図』では「上野」を冠称する。
^ ※11: 『天保上総国絵図』は折り目にあたるため、冠称・村名とも判読は難しい。
^ ※12: 『元禄上総国郷帳』では「右同断」と付記され( =『上野』を冠称し)、『天保上総国郷帳』・『天保上総国絵図』では「上野」を冠称する。
^ ※13: 明治16年(1883) 植野村に編入、したがって対応する近代の大字は存在しない。
^ ※14: 明治12年(1879) 南山田村に改称、したがって対応する近代の大字は「南山田村」。
^ ※15: 『天保上総国郷帳』・『天保上総国絵図』では「上野」を冠称するが、『元禄上総国郷帳』では何も冠称しない。
^ ※16: [新田・分村] 『元禄上総国郷帳』では「芳賀村之枝郷」、『天保上総国郷帳』・『天保上総国絵図』では「芳賀村枝郷」と付記される。
^ ※17: [新田・分村] 『元禄上総国郷帳』では「新戸村之枝郷」、『天保上総国郷帳』・『天保上総国絵図』では「新戸村枝郷」と付記される。
^ ※18: [新田・分村] 『元禄上総国郷帳』では「右同断」(= 新戸村之枝郷)、『天保上総国郷帳』・『天保上総国絵図』では「新戸村枝郷」と付記される。
^ ※19: 元禄・『天保上総国郷帳』、および『天保上総国絵図』とも「西之畑」を冠称する。
^ ※20: [中世~織豊期] 永禄5年(1562) 8月28日: 「上総国」の「伊比㽵上野鄕」(『㽵』の『土』の部分は『圡』、『日蓮上人座像』、『千葉県史料 金石文篇1』(1980) 所収、c.52)。
^ ※21: 『天保上総国絵図』では「植野村之内」と付記される (郷帳には含まれない)。
^ ※22: 『元禄上総国郷帳』では植野村とは別に含まれる。