| ^ ※1: | [中世~織豊期] 応永4年(1397): 「小豆島草賀部庄」(草加部八幡宮鰐口銘、新修香川県史,1953)、応永14年(1407): 「小豆島草賀部庄」(八幡宮鰐口銘、大日本史料 第7編之9,1943)、応永20年(1413): 不及異儀被沙汰在所「草可部鄕」・小豆郡 細川殿御領「飛戶鄕・池田鄕・草部鄕・西浦鄕・長浦鄕」(備前国棟別銭沙汰弁無沙汰在所注文案、香川県史 第8巻 資料編 古代・中世史料,1986)。 |
| ^ ※2: | 郷帳には含まれない。国絵図では「草加部村之内」と付記される。 |
| ^ ※3: | [中世~織豊期] 建治元年(1275): 「小豆島西方池田御庄」長勝寺鐘銘文、美原町史 第3巻 史料編2 中世,1991)、応永20年(1413): 不及異儀被沙汰在所「草可部鄕」・小豆郡 細川殿御領「飛戶鄕・池田鄕・草部鄕・西浦鄕・長浦鄕」(備前国棟別銭沙汰弁無沙汰在所注文案、香川県史 第8巻 資料編 古代・中世史料,1986)、ほか。 |
| ^ ※4: | 郷帳には含まれない。国絵図では「池田村之内」と付記される。 |
| ^ ※5: | [中世~織豊期] 治承2年(1178)「備前國肥土庄」(『後白河院庁下文案』、『香川県史 第8巻 資料編 古代・中世史料』(1986) 所収、#81-6・cc.251-252)、応永20年(1413): 不及異儀被沙汰在所「草可部鄕」・小豆郡 細川殿御領「飛戶鄕・池田鄕・草部鄕・西浦鄕・長浦鄕」(備前国棟別銭沙汰弁無沙汰在所注文案、香川県史 第8巻 資料編 古代・中世史料,1986)、ほか。 |
| ^ ※6: | 郷帳には含まれない。国絵図では「土庄村之内」と付記される。 |
| ^ ※7: | [中世~織豊期] 建長5年(1253): 「備前国家浦庄」(近衛家所領目録并相伝系図、兵庫県史 史料編 中世8,1994)、ほか。 |
| ^ ※8: | 郷帳には含まれない。国絵図では「渕崎村之内」と付記される。 |
| ^ ※9: | 郷帳には含まれない。国絵図では「上庄村之内」と付記される。 |
| ^ ※10: | 郷帳には含まれない。国絵図では「肥土山村之内」と付記される。 |
| ^ ※11: | 現在の地名表記は「笠滝」。 |
| ^ ※12: | [中世~織豊期] 応永31年(1424): 「備前国小豆島北浦小海郷木下住職三宝」(雲故庵大般若波経奥書、土庄町誌,1973)。 |
| ^ ※13: | 郷帳には含まれない。国絵図では「小海村之内」と付記される。 |
| ^ ※14: | 郷帳には含まれない。国絵図では「大部村之内」と付記される。 |
| ^ ※15: | 郷帳には含まれない。国絵図では「福田村之内」と付記される。 |
| ^ ※16: | [中世~織豊期] 建長5年(1253): 「同国直嶋」(同=備前、近衛家所領目録并相伝系図、兵庫県史 史料編 中世8,1994)。 |
| ^ ※17: | 郷帳には含まれない。国絵図では「本村村之内」と付記される。 |
| ^ ※18: | 現在の表記は「宮ノ浦」。 |
| ^ ※19: | 現在の地名は「積浦」。 |
| ^ ※20: | 現在の表記は「風戸」。 |