31. 新志太

明治12年(1879) 遠江とおとうみはいばら郡の大井川左岸 (北東岸) 各村 (近世 源助村・上泉村・善左衛門新田村・相川村・上新田村・下江富村・西島村・むなだか村・上小杉村・下小杉村・藤守村・中島村・吉永村・吉永利右衛門分・高新田・うけ新田・ぶち村・飯淵新田村) は駿河するが郡に編入され、遠江・駿河の国界は南西に移動した。

Fig.144 新志太 (遠江 ・ 駿河国界): 明治12年(1879)
Fig.144 新志太 (遠江・駿河国界): 明治12年(1879)

31.1. 経緯

変更は明治12年(1879) 2月27日付の静岡令甲第30号※1による。

静岡令甲第30号 (明治12年(1879) 2月27日付)

管轄下の遠江国 榛原郡 源助村・上泉村・相川村・西島村・中島村・ぶち村・吉永村・上新田村・下江留村・むなだか村・上小杉村・下小杉村・藤守村を駿河国 志太郡ヘ組み替え、右の源助村以東、大井川中央をもって駿河・遠江の国界と改定する旨、(国の) 達があったことを (県として) 布達する

原文: 管下遠江國榛原郡源助村上泉村相川村西島村中島村飯淵村吉永村上新田村下江留村宗高村上小杉村下小杉村藤守村ヲ駿河國志太郡ヘ組替右源助村以東大井川中央ヲ以テ駿河遠江ノ國界ト改定候旨達有之候條此旨布達候事

かつて大井川は変動前の国界を本流としていたが、近世はじめには現在に近い流路が本流となっていたとされる※2。このため遠江国から駿河国へ移された部分は、そもそも志太郡と地続きに近い状態になっていた一方、榛原郡のほかの各村とは大井川本流によって隔てられていた。なお、変動部分は新たに志太郡になったことから「新志太」と呼ばれた※3

政府から府県への通達

明治19年(1886) のこうぶんしき制定以前のため、静岡令甲第30号の根拠となる国から通知がどのようなものだったのかははっきりしない。「達」とあることと、陸軍省の達※4には「源助村以東大井川中央ヲ以駿河遠江之國界ト被定候旨昨明治十二年二月太政官ヨリ靜岡縣へ御達相成候就テハ」とあることから、太政官 達とわかるが、該当するものが見当たらない。

31.2. 天保郷帳・国絵図の村々

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Fig.144 新志太 (遠江 ・ 駿河国界): 明治12年(1879)
Fig.144 新志太 (遠江・駿河国界): 明治12年(1879)
近世 遠江国 はいばら
6.
源助村※5
7.
上泉村※6
8.
善左衛門新田村
9.
相川村※7
10.
上新田村
11.
下江富村※7※8
12.
西島村※9
13.
むなだか※10
14.
上小杉村※11
15.
下小杉村※11
16.
藤守村※7
17.
中島村
18.
吉永村※12
19.
吉永利右衛門分※13
20.
高新田※14
21.
うけ新田
22.
ぶち※15
23.
飯淵新田村
近世 駿河国
1.
田尻北村
2.
北新田村※16
3.
下小田村
4.
石津村※17
5.
与惣次村※18
6.
道原村
7.
田尻村※19
8.
一色村
9.
惣右衛門村※20
10.
上小田村
11.
三郎兵衛新田
12.
中根新田
13.
祢宜島村
18.
大住新田
19.
三右衛門新田※21
20.
中根村
21.
本中根村※22
22.
大島村
23.
大島新田
24.
中新田村
25.
与左衛門新田
26.
兵太夫新田
27.
土瑞村
28.
弥左衛門新田
29.
忠兵衛新田
30.
五平村
31.
御請新田
71.
細島村※23
102.
久兵衛市右衛門請新田
126.
治兵衛・長次右衛門 請所新田※24
注釈