(4) 下総国葛西御厨注文

下総国葛西御厨注文・下総国葛西御厨入部之注文は『鏑矢かぶらやみやがた』に収録されている目録である。葛西御厨に含まれる村と田数 (水田の規模) が記されている。鏑矢伊勢宮方記は、正式には桧垣兵庫家証文旧記案集ひがきひょうごけしょうもんきゅうきあんしゅうというが、『いち文書』『檜垣文書』などとも呼ばれ、その呼称は一定しない。NDLDCでは『桧垣兵庫家古券』(#2606312)、国立公文書館では『鏑矢伊勢宮方記』『檜垣兵庫家証文旧記案集』(#3144866#1247847) が公開されている。また、御厨注文の部分は『千葉県史料 中世篇 県外文書』(1966) や『新編埼玉県史 資料編5 中世1 古文書1』(1982) などに翻刻されているが、前者は『鏑矢伊勢宮方記』に収録されている分割のまま、後者は前半部分だけと考えられる文書と後半部分だけと考えられる文書を組み合わせて収録している。

Fig.572: 大和田・本行徳・伊勢屋・上鎌田飛地 / 前野・滝沢

『桧垣兵庫家古券』(NDLDC)・『鏑矢伊勢宮方記』『檜垣兵庫家証文旧記案集』(国立公文書館) の 3種とも全体の構成は異なるが、御厨注文の部分は、千葉県史料 第517号文書 (新編埼玉県史 第621号文書前半)・千葉県史料 第518号文書 (新編埼玉県史 第623号文書)・千葉県史料 第516号文書 (新編埼玉県史 第621号文書後半)・千葉県史料 第519号文書・第520号文書 (新編埼玉県史 第622号文書) の順で一致している。千葉県史料 第516号文書 (新編埼玉県史 第621号文書後半) のみ、応永5年(1398) の年記載があり、したがって新編埼玉県史は、第621号文書の全体を応永5年(1398) の文書として扱っている。