オンラインで参照できる安房国絵図 (安房国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。

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(1) 概要

安房国 (房州) は東海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保安房国絵図』は紅葉山文庫旧蔵 (#764244) が現存・オンライン公開されている。

Fig.817 天保安房国絵図 (国立公文書館所蔵)

館山市立博物館所蔵の『寛永安房国絵図写』は明らかに『余州図』であり、本来の『寛永安房国絵図』ではない。

(2) 中川忠英旧蔵

国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には安房国のものが現存・オンライン公開されている (#714245)。

Fig.975 正保安房国絵図 (中川忠英旧蔵・国立公文書館所蔵)

『福井』によれば「もと二鋪に分割されていたらしく、いま、平野、安房郡の部のみが残存」といい、東半分が現存しない。現存する西半分の余白部分 (畾紙) に目録が存在し、記載されている国郡高をまとめれば以下のとおりである。

本図正保安房国郷帳※1
平郡※225,108.891※325,108.886※4
安房郡23,671.748石※523,671.748石※6
あさ※722,293.571石※822,293.571石※9
なが21,567.470石※1021,567.470石※11
総計 (国高)92,641.680石※1292641.680石※13

上記のとおり本図の国郡高は平郡を除いて『正保安房国郷帳』(『安房国知行高帳』) と一致し、様式からも『正保安房国絵図』といえる。平郡だけ一致しないが、郡高の総計と国高が一致するのは本図であることから、『安房国知行高帳』の数値が誤っていると考えられる。実際『安房国知行高帳』の該当部分には朱書きがあり、校訂が試みられている (ただし校訂後の数値でも本図とは合致しない)。

なお『安房国知行高帳』の成立時期は巻末朱書によるが、記載されている支配者を見ると、堀田加賀守 (まさもり) は寛永19年(1642)~慶安4年(1651) の佐倉藩主で、ほかは厳密な支配時期を得られないものが多いが、本多美作守 (ただすけ) など、どれも同じ時期の人物として散見されることから正しいといえるだろう。

注釈
^ ※1: 『安房国知行高帳』、『千葉県史料調査報告書 3 千葉県古文書目録安房国2』(1981) 所収、cc.200-209。
^ ※2: 古くは「平群へぐり郡」。
^ ※3: 「髙貳万五千百八石八斗九舛壹合」。
^ ※4: 「合弐万五千百八石八斗八升六合」。
^ ※5: 「髙貳万三千六百七拾壹石七斗四舛八合」。
^ ※6: 「弐万三千六百七拾壱石七斗四升八合」。
^ ※7: 古くは「朝夷(※ふりがな※:あさひな)郡」。
^ ※8: 「髙貳万貳千貳百九拾三石五斗七舛壹合」。
^ ※9: 「合弐万弐千弐百九拾三石五斗七升壱合」。
^ ※10: 「髙貳万千五百六拾七石四斗七舛」。
^ ※11: 「合弐万千五百六拾七石四斗七升」。
^ ※12: 「髙都合九万貳千六百四拾壹石六斗八舛」。
^ ※13: 「惣合九万弐千六百四拾壱石六斗八升」。
(3) 松平乗命旧蔵

国立公文書館所蔵、松平乗命旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国絵図』) には安房国のものが含まれる (#725200)。オンライン公開はされていない。

『福井』によれば、本図の大きさは 東西 197cm × 南北 158cm、記載されている国高は 92,641.680石 (惣高九万弐千六百四十壱石六斗八升) で中川忠英旧蔵と変わらない。このため本図も『正保安房国絵図』と考えられる。同じく『福井』によれば「所領別内わけを連記し、領主二十五名と寺社領に分けて朱筆を以ていろはを加え、領知関係を識別できる」とあり、この数は『正保安房国郷帳』(『安房国知行高帳』) に記載されている「御蔵入」(幕府直轄領) を含む支配者数に一致する。※1

なお松平乗命旧蔵の国絵図群には、松平乗命から明治政府へ渡る前後 (明治5~6年(1872~1873))に、京都府が一式を借用して忠実に模写したものも存在し、京都府立京都学・歴彩館に現存、館古044: 国絵図という一群で管理されている。その『安房国絵図』もオンラインでは公開されていない。大きさは東西 197.0cm × 南北 161.7cm※1である。備考欄に「村高記入アリ」とあることから、原本 (国立公文書館所蔵) も含めて村のオブジェクトには支配関係のほか村高も記載されている。余白部分 (畾紙) に目録はなく、郡内の見出しにも郡高は記載されていないとみられる。

注釈
^ ※1: 数値が東西・南北のどちらかは本稿で判断した。
(4) 天保安房国絵図

冒頭で言及のとおり、『天保安房国絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵 (#764244) が現存・オンライン公開されている。

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった書庫、勘定所は勘定奉行を長とする役所であり、したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照目的のために納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保安房国絵図』は東西 301cm × 南北 267cm、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。天保国絵図一般については『9. 天保国絵図』を参照のこと。

注釈
^ ※1: 「紅葉山文庫」はほかの各種用語と同様、近代以降の俗称・学術用語。近世は主に「御文庫」と呼ばれ、「官庫」とも呼ばれた。
^ ※2: 『紅葉山文庫』(1980)
(5) 一覧

『凡例』

種別参照可否確定名称等所蔵・公開備考
確定根拠
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵#120503秋田県公文書館 デジタルアーカイブ
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵#15708秋田県公文書館 デジタルアーカイブ
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者T1-74岡山大学 絵図公開 データベースシステム
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者安房国[東海道図]京都大学貴重資料 デジタルアーカイブ
余州当該国絵図であることが確定した画像が公開されているが、外観紹介だけである。筆者寛永安房国絵図写文化遺産オンライン (館山市立博物館所蔵)
正保当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者中川忠英旧蔵国立公文書館 デジタルアーカイブ参照
正保当該国絵図であることが確定しているが非公開、オンラインで参照できない。福井松平乗命旧蔵国立公文書館 デジタルアーカイブ参照
正保当該国絵図であることが確定しているが非公開、オンラインで参照できない。筆者松平乗命旧蔵(写)歴史資料アーカイブ (京都府立京都学・歴彩館所蔵)参照
天保当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵#764244国立公文書館 デジタルアーカイブ正 (紅葉山)参照
不明当該国絵図であることは確定していないが (推定等)、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。安房國横浜市立大学所蔵の古地図 データベース
(6) 更新履歴

2026.03.29:

2026.02.18:

2026.01.31:

2026.01.02: