オンラインで参照できる加賀国絵図 (阿波国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。
↓一覧へ移動阿波国 (阿州) は南海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保阿波国絵図』は紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、紅葉山文庫旧蔵 (#763996) がオンライン公開されている。

『阿波国大絵図』(t001)は徳島大学附属図書館に現存し、貴重資料高精細デジタルアーカイブで公開されている国絵図である。

『川村a』では『慶長阿波国絵図』と推定されているが、『川村b』では本図担当の平井によって根拠の不足が指摘されている。平井は、本図は次の『寛永阿波国絵図』より古く、最古の阿波国絵図であることは確かだが、内容から直接的に『慶長阿波国絵図』であると確定させることはできない、と結論づけている。
『阿波国大絵図』(t003)は徳島大学附属図書館に現存し、貴重資料高精細デジタルアーカイブで公開されている国絵図である。

本図は、解説に「寛永15年(1639) の幕府による国絵図の再徴収に応じて作製された阿波国絵図と推察される」とあって (『寛永15年(1639)』は『寛永15年(1638)』の誤り)、『寛永阿波国絵図』である。様式の点で付け加えれば、相対的に太い枠の方形で示された「古城」は、寛永国絵図の縮図と考えられている余州図と共通し、その後の国絵図では示されなくなっていくか、名所旧跡などと同様に背景の一部になっていく (特定のオブジェクトでは示されない) ものである。なお、阿波国は『寛文朱印留』に含まれる寛文4年『蜂須賀光隆宛領知判物・目録』※1で 10郡に再編されだが、それ以前は板野が板東・板西、名東が名東・以西、那賀が那東・那西にそれぞれ分かれた 13郡だった。本図も 13郡で構成されている。祖谷渓付近に描かれた吊り橋が独特で興味深い。
様式については、ともに徳島大学附属図書館所蔵で共通する『寛永淡路国絵図』を参照のこと。
| ^ ※1: | 寛文4年(1664) 4月5日付、『寛文朱印留 上』(1980) 所収、cc.39-40。 |
国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には阿波国のものが含まれ、現存・オンライン公開されている (#714420)。

中川忠英旧蔵の国絵図は多くの場合、複数に分割されているが、コンパクトに収まるためか、本図は 1枚のまま完全な状態を保っている。
本図は全体的な様式と『寛永国絵図』との対比、13郡の構成から『正保阿波国絵図』といえる。板野郡が本図の板東・板西 2郡の合計であるなど、国郡高は『蜂須賀光隆宛領知判物・目録』と一致し、寛文年間(1661~1673) まで変化がないが、次のライデン大学所蔵が 10郡編成になっていることから本図は明暦年間(1655~1658) 以後に再提出される以前の景観を残す『正保阿波国絵図』であることがわかる。『寛永阿波国絵図』である『阿波国大絵図』では、河川上流部の吊り橋は街道筋と同じ色 (単色) で描かれていた。本図では独立したオブジェクトして丁寧に描かれている。ただし『かずら橋』のような野趣はなくなってしまった。鶴林寺・太龍寺 (大龍寺) に着目するとお堂 (または塔) の配置は『天保阿波国絵図』にまで継承されている (天保国絵図では太龍寺の三重塔が二重塔になっている)。
| 郡 | 中川忠英旧蔵 | 阿波国大絵図 (寛永) | 寛文朱印留※1 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 板東郡 | 20,102.548石 | ※2 | 20,102.540石 | ※3 | 29,574.050石 (板野郡) | ※4 |
| 板西郡 | 9,471.502石 | ※5 | 9,471.500石 | ※6 | ||
| 名西郡 | 17,211.926石 | ※7 | 17,211.930石 | ※8 | 17,211.926石 | ※9 |
| 麻植郡 | 13,977.114石 | ※10 | 13,977.110石 | ※11 | 13,977.114石 | ※12 |
| 阿波郡 | 7,758.100石 | ※13 | 7,758.100石 | ※14 | 7,758.100石 | ※15 |
| 美馬郡 | 9,704.522石 | ※16 | 9,594.660石 | ※17 | 9,704.522石 | ※18 |
| 三好郡 | 15,805.710石 | ※19 | 15915.560石 | ※20 | 15,805.710石 | ※21 |
| 名東郡 | 14,774.278石 | ※22 | 14,774.280石 | ※23 | 24,906.922石 (名東郡) | ※24 |
| 以西郡 | 10,132.644石 | ※25 | 10,132.640石 | ※26 | ||
| 勝浦郡 | 14,188.621石 | ※27 | 14,188.620石 | ※28 | 14,188.621石 | ※29 |
| 那西郡 | 18,095.071石 | ※30 | 18,095.070石 | ※31 | 41,732.425石 (那賀郡) | ※32 |
| 那東郡 | 23,637.354石 | ※33 | 23,637.350石 | ※34 | ||
| 海部郡 | 11,894.193石 | ※35 | 11,894.190石 | ※36 | 11,894.193石 | ※37 |
| 総計 | 186,753.583石 | ※38 | 186,753.550石 | ※39 | 186,753.583石 | ※40 |
| ^ ※1: | 寛文4年(1664) 4月5日付『蜂須賀光隆宛領知判物・目録』。 |
| ^ ※2: | 「髙貳万百貳石五計四舛八合」。 |
| ^ ※3: | 「高弐万百弐石五斗四升」 |
| ^ ※4: | 「高弐万九千五百七拾四石五升 」。 |
| ^ ※5: | 「髙九千四百七拾壹石五計貳合」。 |
| ^ ※6: | 「髙九千四百七拾壱石五斗」 |
| ^ ※7: | 「髙壹万七千貳百拾壹石九計貳舛六合」。 |
| ^ ※8: | 「高壱万七千弐百拾壱石九斗三升」 |
| ^ ※9: | 「高壱万七千弐百拾壱石九斗弐升六合」。 |
| ^ ※10: | 「髙壹萬三千九百七拾七石壹計壹舛四合」。 |
| ^ ※11: | 「高壱万三千九百七拾七石壱斗壱升 」 |
| ^ ※12: | 「高壱万三千九百七拾七石壱斗壱升四合」。 |
| ^ ※13: | 「髙七千七百五拾八石壹計」。 |
| ^ ※14: | 「高七千七百五拾八石壱斗 」 |
| ^ ※15: | 「高七千七百五拾八石壱斗」。 |
| ^ ※16: | 「髙九千七百四石五計貳舛貳合」。 |
| ^ ※17: | 「高九千五百九拾四石六斗六升」 |
| ^ ※18: | 「高九千七百四石五斗弐升弐合」。 |
| ^ ※19: | 「髙壹萬五千八百五石七計壹舛」。 |
| ^ ※20: | 「高壱万五千九百拾五石五斗六升」 |
| ^ ※21: | 「高壱万五千八百五石七斗壱升」。 |
| ^ ※22: | 「髙壹万四千七百七拾四石貳計七舛八合」。 |
| ^ ※23: | 「高壱万四千七百七拾四石弐斗八升」 |
| ^ ※24: | 「高弐万四千九百六石九斗弐升弐合」。 |
| ^ ※25: | 「髙壹萬百三拾貳石六計四舛四合」。 |
| ^ ※26: | 「髙壱万百三拾弐石六斗四升 」。 |
| ^ ※27: | 「髙壹万四千百八拾八石六計貳舛壹合」。 |
| ^ ※28: | 「髙壱万四千百八拾八石六斗弐升」 |
| ^ ※29: | 「高壱万四千百八拾八石六斗弐升壱合」。 |
| ^ ※30: | 「髙壹万八千九拾五石七舛壹合」。 |
| ^ ※31: | 「髙壱万八千九拾五石七升」 |
| ^ ※32: | 「高四万千七百三拾弐石四斗弐升五合」。 |
| ^ ※33: | 「髙貳万三千六百卅七石三計五舛四合」。 |
| ^ ※34: | 「髙弐万三千六百三拾七石三斗五升」 |
| ^ ※35: | 「髙壹萬千八百九拾四石壹計九舛三合」。 |
| ^ ※36: | 「髙壱万千八百九拾四石壱斗九升」 |
| ^ ※37: | 「高壱万千八百九拾四石壱斗九升三合」。 |
| ^ ※38: | 「髙都合拾八萬六千七百五拾三石五計八舛三合」。 |
| ^ ※39: | 筆者の集計 (石高は記載されていない) |
| ^ ※40: | 筆者の集計 (目録に総計は記載されていない)。 |

本図は中川忠英旧蔵と同じ系統であり、『正保阿波国絵図』であると確認できるが、本図は 10郡の構成となっていることから再提出されたのものである。全体的に描き方が粗い (武骨という意味では『荒い』) 印象があり太龍寺が天龍寺になっているといった誤りも確認される。もっとも、村高の記載があるのは本図で、また傷みから読み取れなかったのか「不見」と記した村形 (小判形) も複数あって、忠実に写そうと努める姿勢も感じられる。道程の交通情報 (距離情報) は本来の位置には記されず、北東端にリスト化されている。吊り橋は独立したオブジェクトで描かれているものの、簡略化され吊り橋の形状は維持されていない。
→ 『凡例』
| 種別 | 参照可否・確定 | 名称等 | 所蔵・公開 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 確定 | 他 | 根拠 | ||||
| 慶長 | 川村B | 阿波国大絵図 (#t001) | 徳島大学附属図書館 貴重資料高精細 デジタルアーカイブ | 写 → 参照 | ||
| 余州 | 所蔵 | #15755 | 秋田県公文書館 デジタルアーカイブ | 写 | ||
| 余州 | 筆者 | T1-89 | 岡山大学 絵図公開 データベースシステム | 写 | ||
| 余州 | 筆者 | 阿波国[南海道図] | 京都大学貴重資料 デジタルアーカイブ | 写 | ||
| 寛永 | 所蔵 | 阿波・淡路両国絵図 (#1 #2 #3 #4) | 収蔵歴史アーカイブス データベース (国文学研究資料館所蔵) | 不 「寛永ヵ」とある。詳細不明。 | ||
| 寛永 | 所蔵 | 阿波国大絵図 (#t003) | 徳島大学附属図書館 貴重資料高精細 デジタルアーカイブ | 写 → 参照 | ||
| 正保 | 筆者 | 中川忠英旧蔵 | 国立公文書館 デジタルアーカイブ | 写 → 参照 | ||
| 正保 | 福井 | 松平乗命旧蔵 | 国立公文書館 デジタルアーカイブ | 写 | ||
| 正保 | 筆者 | Awa no kuni ezu (阿波国絵図) (Ser. 270) | Universitaire Bibliotheken Leidens (ライデン大学図書館) | 写 → 参照 | ||
| 正保 | 所蔵 | 阿波・淡路両国絵図 (#1 #2 #3) | 収蔵歴史アーカイブス データベース (国文学研究資料館所蔵) | 不 正保3年(1646) の日付があるとみられる。 | ||
| 元禄 | 所蔵 | 阿波国大絵図 | 徳島大学附属図書館 貴重資料高精細 デジタルアーカイブ | 控 「元禄国絵図の控図と推定される」とあり、検討が行われている。 | ||
| 天保 | 所蔵 | #763996 | 国立公文書館 デジタルアーカイブ | 正 (紅葉山) | ||
| 天保 | 所蔵 | #763993 | 国立公文書館 デジタルアーカイブ | 正 (勘定所) | ||
| 天保 | 筆者 | 阿波御国図 (#1 #2 #3 #4 #5 #6 #7) | 収蔵歴史アーカイブス データベース (国文学研究資料館所蔵) | [下] 元禄国絵図の7分割の写しに重ねて変更内容を描いた薄紙 (懸紙) か、それに基づく下絵図と推定される。 | ||
| 不明 | 御両国之図 (#1 #2) | 収蔵歴史アーカイブス データベース (国文学研究資料館所蔵) | 不 | |||
| 不明 | 阿波国画図 (#1 #2) | 収蔵歴史アーカイブス データベース (国文学研究資料館所蔵) | 不 | |||
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