『慶長越前国絵図』は、徳川政権 (江戸幕府) の指示による一連の慶長国絵図との関係はわかっていないが、現存する最古の越前国絵図である。この『慶長越前国絵図』には白山麓十八か村の東谷・西谷 16村は含まれ、国界の変動がすでに反映されている。

| #※1 | 慶長国絵図 | 天保郷帳・国絵図 | # | 慶長国絵図 | 天保郷帳・国絵図 |
|---|---|---|---|---|---|
| 218. | 𛁏𛂁ふ谷村 | 須納谷村 | 233. | 堂ケ谷村 | 鴇ケ谷村 |
| 219. | 新保村 | 白山新保村 | 234. | 深瀬村 | 深瀬村 |
| 220. | 嶋村 | 島村 | 235. | 釜谷村 | 釜谷村 |
| 221. | 杖村 | 杖村 | 236. | こみ𛀚嶋村 | 五味島村 |
| 222. | 丸山村 | 丸山村 | 237. | 二口村 | 二口村 |
| 223. | 小原村 | 小原村 | 238. | 女原村 | 女原村 |
| 224. | 牛首村 | 牛首村 | 239. | 瀬渡村 | 瀬戸村 |
| 232. | 下田原村 | 下田原村 | 240. | 風嵐村 | 風嵐村 |
天保国絵図では著名な高山が大きく描かれ、それが国界付近にある場合は、隣国方向へ突出する。このためその付近では 2国間の国界が一致しない。白山もそのひとつで、『天保加賀国絵図』では飛騨国の方向 (西) へ突出している。


『天保越前国絵図』でも同様で、白山と大日嶽が飛騨国の方向 (北西) へ突出している。。


国境記載については「此所峯通国境 (此所峯通國境)」とある一方「国境不相知 (國境不相知)」ともあって興味深い。
『天保飛騨国絵図』では白山と大日嶽が越前国の方向 (東) へ突出している。


加賀・越前・飛騨でそれぞれの山容が異なるのも興味深い。実際の見え方に主観が反映されているものと想像される。
『越前国知行高之帳』は奥付に正保3年(1646) 6月7日の日付があり、『正保越前国郷帳』の写本または副本である。。福井県文書館寄託で、デジタルアーカイブ福井で『越前国知行高之帳 上』および『同 下』としてオンライン公開されている。

| ^ ※1: | 本稿における村番号。『2. 天保国絵図・郷帳によるアプローチ(1)』を参照。 |