19.2. 越前・加賀の国絵図
19.2.1. 慶長越前国絵図

『慶長越前国絵図』は、徳川政権 (江戸幕府) の指示による一連の慶長国絵図との関係はわかっていないが、現存する最古の越前国絵図である。この『慶長越前国絵図』には白山麓十八か村の東谷・西谷 16村は含まれ、国界の変動がすでに反映されている。

Fig.514 慶長越前国絵図 (部分・福井県文書館寄託・デジタルアーカイブ福井公開)
#※1慶長国絵図天保郷帳・国絵図#慶長国絵図天保郷帳・国絵図
218.𛁏𛂁ふ谷村須納谷すのだに233.堂ケ谷村鴇ケ谷とがたに
219.新保村白山しん234.深瀬村ふか
220.嶋村島村235.釜谷村かまたに
221.杖村つえ236.こみ𛀚嶋村しま
222.丸山村丸山村237.二口村ふたくち
223.小原村はら238.女原村おなばら
224.牛首村うしくび239.瀬渡村瀬戸村
232.下田原村しもわら240.風嵐村風嵐かざらし
19.2.2. 天保国絵図

天保国絵図では著名な高山が大きく描かれ、それが国界付近にある場合は、隣国方向へ突出する。このためその付近では 2国間の国界が一致しない。白山もそのひとつで、『天保加賀国絵図』では飛騨国の方向 (西) へ突出している。

Fig.752 天保加賀国絵図 (国立公文書館所蔵)Fig.754 天保加賀国絵図 (国立公文書館所蔵)

『天保越前国絵図』でも同様で、白山と大日嶽が飛騨国の方向 (北西) へ突出している。。

Fig.750 天保越前国絵図 (国立公文書館所蔵)Fig.753 天保越前国絵図 (国立公文書館所蔵)

国境記載については「此所峯通国境 (此所峯通國境)」とある一方「国境不相知 (國境不相知)」ともあって興味深い。

『天保飛騨国絵図』では白山と大日嶽が越前国の方向 (東) へ突出している。

Fig.927 天保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)Fig.926 天保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)

加賀・越前・飛騨でそれぞれの山容が異なるのも興味深い。実際の見え方に主観が反映されているものと想像される。

越前国知行高之帳

『越前国知行高之帳』は奥付に正保3年(1646) 6月7日の日付があり、『正保越前国郷帳』の写本または副本である。。福井県文書館寄託で、デジタルアーカイブ福井『越前国知行高之帳 上』および『同 下』としてオンライン公開されている。

Fig.751 越前国知行高之帳 (福井県文書館寄託・デジタルアーカイブ福井公開)
^ ※1: 本稿における村番号。『2. 天保国絵図・郷帳によるアプローチ(1)』を参照。