オンラインで参照できる飛騨国絵図 (飛騨国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。

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(1) 概要

飛騨国は東山道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保飛騨国絵図』は紅葉山文庫旧蔵 (#763922) が現存・オンライン公開されている。

Fig.905 天保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)
(2) 日本六十余州国々切絵図

『日本六十余州国々切絵図 (余州図)』は、秋田県公文書館に 68国のすべてが現存し、秋田県公文書館デジタルアーカイブで公開されている。『日本六十余州国々切絵図』の通称も同館のものによる。『余州図』についての一般論は『6. 寛永国絵図・日本六十余州国々切絵図』を参照。

秋田県公文書館デジタルアーカイブでは『日本六十余州国々切絵図 飛騨国』が公開され、大きさは東西 82cm × 南北 102cm、ほかに『飛騨国[中山道図]』京都大学貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 77cm × 南北 107cm、『〔飛騨国絵図〕』(#T1-112)岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、東西 78.4cm × 南北 109.4cm である。

(3) 中川忠英旧蔵

国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には飛騨国のものが 3分割された形式で含まれ、すべて現存・オンライン公開されている (#714305 ・ #714306 ・ #714310)。

Fig.840 正保飛騨国絵図 (国立公文書館所蔵)

記載されている国高は 38,764.4石 (『都合三萬八千七百六拾四石四計』) で、これは慶長10年(1605)『金森素玄領飛騨国石高帳写』※1の国高に一致する一方、寛文4年(1664)『金森頼直宛領知朱印状・目録』※2でも変わらない。内容から正保国絵図であることは特に疑いないが、正保国絵図として作成されたものの写しか、明暦の大火後に再提出されたものの写しかは判別できない。

なお、中川忠英旧蔵の国絵図は基本的に郡界で分割されている。これは国絵図は一般に巨大で扱いづらく、また保管には複数回折りたたまなければならず、折り目から傷みやすいためと考えられ、厚み・折たたみ回数を増す要因となるためか余白 (畾紙) 部分は省略 (おそらく分割時に廃棄) されている。しかし本図では接合部で一致しない部分があり (中部 #714310の南西部と、南部 #714305の北端)、これは意図したものというより、何らかの原因で欠損したものと推定される。

注釈
^ ※1: 『岐阜県史 史料編 近世1』(1965) 所収、cc.143-149。
^ ※2: 寛文4年(1664) 4月5日付、『寛文朱印留 上』(1980) 所収、c.115。
(4) 松平乗命旧蔵

国立公文書館所蔵、松平乗命旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国絵図』) にも美濃国のものが含まれ、現存する (#725195)。オンラインでは公開されていない。

この松平乗命旧蔵の国絵図群には、松平乗命から明治政府へ渡る前後 (明治5~6年(1872~1873))に、京都府が一式を借用して忠実に模写したものも存在し、京都府立京都学・歴彩館に現存、館古044: 国絵図という一群で管理されている。その『美濃国絵図』もオンラインでは公開されていないが、目録は国立公文書館デジタルアーカイブよりもやや充実している。

(松平乗命旧蔵としての) 原本の大きさは 『福井』によれば東西 79cm × 南北 93cm で※1、写本の大きさは東西 80.2cm × 南北 95.8cm である※1。国高の記載があって、その値は 38,764石であることから中川忠英旧蔵と共通する。しかしサイズがかなり小さく、『福井』によれば村高・一里塚はなく、同じく『福井』によれば道程記載はないとされるが、京都府立京都学・歴彩館所蔵の備考には「所々アリ」とある。

中川忠英旧蔵と国高が共通することから同様の時期の国絵図には間違いないが、基本的には略図とみられ、どのような性質の国絵図かは様式を含めた検討が必要といえる。

注釈
^ ※1: 数値が東西・南北のどちらかは本稿で判断した。
(5) 天保飛騨国絵図

冒頭で言及のとおり、『天保飛騨国絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、紅葉山文庫旧蔵 (#763922) が現存・オンライン公開されている。

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった書庫、勘定所は勘定奉行を長とする役所であり、したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照目的のために納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保飛騨国絵図』は東西 383cm × 南北 485cm、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。天保国絵図一般については『9. 天保国絵図』を参照のこと。

注釈
^ ※1: 「紅葉山文庫」はほかの各種用語と同様、近代以降の俗称・学術用語。近世は主に「御文庫」と呼ばれ、「官庫」とも呼ばれた。
^ ※2: 『紅葉山文庫』(1980)
(6) 一覧

『凡例』

種別解像度参照名称等
所蔵・公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照日本六十余州国々切絵図 飛騨国(#15720)
秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照〔飛騨国絵図〕 (T1-112)
岡山大学 絵図公開 データベースシステム 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照飛騨国[中山道図]
京都大学 貴重資料デジタルアーカイブ 公開
正保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照中川忠英旧蔵 ( #714305 ・ #714306 ・ #714310)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
不明オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照松平乗命旧蔵
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
不明オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照松平乗命旧蔵(写)
歴史資料アーカイブ 公開 (京都府立京都学・歴彩館 所蔵)
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照紅葉山文庫旧蔵 (#763922)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
(4) 更新履歴

2026.04.12:

2026.02.18:

2026.02.11:

2026.02.04:

2026.01.31:

2026.01.02: