オンラインで参照できる越前国絵図 (越前国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。
↓一覧へ移動越前国は北陸道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保越前国絵図』は勘定所旧蔵 (#763936) が現存・オンライン公開されている。ほかに縮図がある。『19.2. 越前・加賀の国絵図』 も参照。

越前国絵図には、幕府の指示によって作成された慶長国絵図かどうかは確定されないものの『慶長越前国絵図』が現存し、また『正保越前国絵図』『元禄越前国絵図』のほか、これらの間に個別に指示されて作成された国絵図や、内部向けに支配関係の現状が反映された国絵図が多く残るのが大きな特徴である。
福井県文書館に寄託・現存する国絵図に『越前国絵図』(#1592809)があり、デジタルアーカイブ福井でオンライン公開されている。
本図は慶長年間(1596~1615) 作成と推定されているが、徳川政権 (江戸幕府) によって作成が命じられた慶長国絵図との関係はわかっていない。西 (左) の縁全体と南西 (左下) 部の敦賀付近は墨の染み込みだろうか。
福井県文書館に寄託・現存する国絵図に『越前国絵図』(#1593284)があり、デジタルアーカイブ福井でオンライン公開されている。
本図の郡高は以下のとおりで『正保越前国郷帳』(『越前国知行高之帳』) と整合することから『正保越前国絵図』といえる。
| 郡 | 本図 | 正保郷帳 |
|---|---|---|
| 足羽北郡 | 40,208.899石 | 40,248.899石 |
| 高四万弐百八石八斗九升九合 | 髙合四万弐百四拾八石八斗九升九合 | |
| 足羽南郡 | 51,714.7__石 | 51,714.729石 |
| 高五万千七百拾四石七⊏⊐ | 髙合五万千七百拾四石七斗弐升九合 | |
| 吉田郡 | 79,192.125石 | 79,192.125石 |
| 高七万九千百九拾貳石壱斗貳升五合 | 髙合七万九千百九拾弐石壱斗弐升五合 | |
| 丹生北郡 | 87,503.162石 | 87,449.364石 |
| 高八万七千五百三石壱斗六升弐合 | 髙合八万七千四百四拾九石三斗六升四合 | |
| 今南東郡 | 15,215.746石 | 15,215.746石 |
| 高壱万五千貳百十五石七斗四升六合 | 髙合壱万五千弐百拾五石七斗四升六合 | |
| 今南西郡 | 33,774.101石 | 33,774.101石 |
| 高三万三千七百七拾四石壱斗壱合 | 髙合三万三千七百七拾四石壱斗壱合 | |
| 今北東郡 | 35,784.547石 | 35,784.547石 |
| 高三万五千七百八拾四石五斗四升七合 | 髙合三万五千七百八拾四石五斗四升七合 | |
| 南仲条郡 | 37,038.484石 | 37,038.484石 |
| 高三万七千三拾八石四斗八升四合 | 髙合三万七千三拾八石四斗八升四合 | |
| 坂南郡 | 46,347.330石 | 46,347.330石 |
| 高四万六千三百四拾七石三斗三升 | 髙合四万六千三百四拾七石三斗三升 | |
| 坂北郡 | 38,614.249石 | 138,614.249石 |
| 高三万八千六百拾四石弐斗四升九合 | 髙合拾三万八千六百拾四石弐斗四升九合 | |
| 大野郡 | 93,545.303石 | 93,545.303石 |
| 高九万三千五百四拾五石三斗三合 | 髙合九万三千五百四拾五石三斗九合 | |
| 敦賀郡 | 21,368.431石 | 21,368.431石 |
| 高弐万千三百六十八石四斗三升壱合 | 髙合弐万千三百六拾八石四斗三升壱合 |
足羽南郡の斗以下は本図では折り目に当たるため、斗の位の「七」が類推できる程度でほぼ読み取れないが、基本的に郷帳と同じ値が記載されているものと推定される。足羽北郡の相違は本図で「四拾」が欠けているだけだろう。ほかは丹生北郡を除いて完全に一致する
丹生北郡の差異の理由はわからないが、『越前国名蹟考』※1の「近世郷村高寄」にある正保4年(1647) 付「正保図帳」では丹生北郡 87,503.162石※2とあって一致する。『越前国知行高之帳』は正保3年(1646) 6月7日付なので、最終的に幕府に献上した郷帳の数値としては 87,503.162石のほうが正確か。ただしほかの郡の数値に差異があるので、これについてはさらに検討が必要である。
この『正保越前国絵図』のいちばんの特徴は村のオブジェクトが多彩であることで、小判形以外に方形・真円・正五角形・扇型などがあって、これにより 12郡が区別され、また郡界の墨線は省略されている。また、本図でも村のオブジェクトは色分けされているが、これは支配関係の区別であって標準的な「いろは」の記号は付与されていない。さらに本図には隣国の色分けがまったくなく、これは初見の場合に違和感を受ける要因になっているかもしれない。
しかしそれら以外の様式は標準的で、全体的な日焼け (酸化) によって異なる印象を受けるものの、背景となる自然描写も緻密に描かれている。沿岸に比べて山陵側に国境記載が少ないのはもとからだろう。サイズもおそらく正本を踏襲するもので、後代の写本と異なって分厚い紙が使用されている。前述の独自の仕様からいえば、『正保越前国絵図』の直接の控図や写し、あるいは下絵図 (下図) というより、内部向けに別に仕立てて実用に供したものかもしれない。またこの推定される用途とほかの国絵図の存在から、明暦の大火後の再提出の影響を受けない、もとの正保国絵図と同じ情報・景観を供えた国絵図といえる。
| ^ ※1: | 『越前国名蹟考』(1958) 所収、cc.61-62。 |
| ^ ※2: | 「八万七千五百三石壱斗六升弐合」。 |
国立公文書館は、元禄国絵図も多く所蔵し、うち正本は下総・常陸・薩摩・大隅の 4国 (令制国 68国ではないものを除く)、写本は五畿 (大和・山城・河内・和泉・摂津) とその周囲である近江・丹波・播磨 の計 8国である。しかし尾張国のものは含まれない。
一方、福井県文書館に寄託されたものが現存し、『[越前国絵図]』としてデジタルアーカイブ福井でオンライン公開されている。元禄14年(1701) 5月の日付 (『元禄十四年辛巳年五月』) がある。
その日付の左に貼られた付箋によれば「此御絵図者、御伺絵ニ而、月付五月也、請御絵図、月付八月也」※1といい、ひとつ前のほぼ完成されたもの (伺絵図) で、これに対する何らかの指摘を是正したものが 8月に提出され最終版となったとみられれる。
| ^ ※1: | 中黒を含む句読点は筆者が補う。読み取りは『松平文庫目録』(1968) における本図の解説を参考にした (c.105)。 |
デジタルアーカイブ福井では、ほかにも福井県文書館寄託の国絵図が公開されている。このうち、『御国大絵図』 は、村のオブジェクトの形状で郡を区別するなど『正保越前国絵図』(#1593284『越前国絵図』)と仕様が共通することから、同図に現状を反映して作成されたとみられる。「写本」とあるが、『正保越前国絵図』との関係はともかく、幕府に提出した正本があるわけではないので、これ自体が正本だろう。
一方、『越前国ノ図』 は寛文4年(1664) 以後の近い時期の作成と推定され、中世的における郡の乱れを要因とする 12郡構成を整理・統合した 8郡編成になっているのが大きな特徴で、本図の作成目的がその反映だったとみられる。村のオブジェクトの形状と色分け・郡界の墨線は標準的で、ある意味『正保越前国絵図』(#1593284『越前国絵図』)よりも『正保越前国絵図』っぽい。あるいは実はこれは明暦の大火で失われた『正保越前国絵図』の正本の代替として寛文年間(1661~1673)に、あるいは上野国のようにいわば『寛文越前国絵図』として提出された国絵図の控図という可能性はないのだろうか (上野国については『寛文上野国絵図』を参照)。
『越前国之図』(#1594190) ・『越前国之図』(#1605757) は、それぞれ貞享2年(1685)・享保10年(1725)に、幕府から個別に指示があって作成された国絵図の写本である。仕様は個別の事情を反映してか、全国一律のものとは異なり、特に村の色分けは支配ごとであって郡では区別されていない (郡界の墨線はあるので支障はない)。→ 『凡例』
| 種別 | 参照可否・確定 | 名称等 | 所蔵・公開 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 確定 | 他 | 根拠 | ||||
| 慶長 | 所蔵 | 越前国絵図 | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 写 → 参照 | ||
| 余州 | 所蔵 | #15724 | 秋田県公文書館 デジタルアーカイブ | 写 | ||
| 余州 | 筆者 | T1-63 | 岡山大学 絵図公開 データベースシステム | 写 | ||
| 余州 | 筆者 | 越前国[北陸道図] | 京都大学貴重資料 デジタルアーカイブ | 写 | ||
| 正保 | 所蔵 | 越前国絵図 | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 写 → 参照 | ||
| その他 | 所蔵 | 越前国絵図 | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 者 承応年間(1652~1655) 作成と推定される内部向けの国絵図 → 参照 | ||
| その他 | 所蔵 | 越前国ノ図 | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 者 寛文4年(1664) 以後の近い時期の作成と推定される内部向けの国絵図 → 参照 | ||
| その他 | 所蔵 | 越前国之図 | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 者 貞享2年(1685) に個別に指示・作成された国絵図 → 参照 | ||
| その他 | 所蔵 | 越前国絵図 | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 不 元禄国絵図の何らかの補図と推定されている。 | ||
| 元禄 | 筆者 | [越前国絵図] | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 下 → 参照 | ||
| その他 | 所蔵 | 越前国之図 | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 写 享保10年(1725) に個別に指示・作成された国絵図 → 参照 | ||
| その他 | 所蔵 | 越前国之図 | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 写 元文2~5年(1737~1740) 作成と推定されている略図。 | ||
| 天保 | 所蔵 | #763936 | 国立公文書館 デジタルアーカイブ | 正 (勘定所) | ||
| 天保 | 所蔵 | #764164 | 国立公文書館 デジタルアーカイブ | 写 (縮) 福井は「下図」としている。 | ||
| 天保 | 筆者 | 越前国之図 | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 写 国許に控図相当として残した写本。 | ||
| その他 | 筆者 | [越前国之図] | デジタルアーカイブ福井 (福井県文書館寄託) | 正 天保国絵図作成に当たって内部確認用に作成された国絵図。 | ||
2026.03.08:
2026.02.18:
2026.02.04:
2026.01.31:
2026.01.02: