オンラインで参照できる土佐国絵図 (土佐国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。
↓一覧へ移動土佐国 (土州) は南海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保土佐国絵図』は紅葉山旧蔵 (#2589418) が現存・オンライン公開されている。

『日本六十余州国々切絵図 (余州図)』は、秋田県公文書館に 68国のすべてが現存し、秋田県公文書館デジタルアーカイブで公開されている。『日本六十余州国々切絵図』の通称も同館のものによる。『余州図』についての一般論は『6. 寛永国絵図・日本六十余州国々切絵図』を参照。
秋田県公文書館デジタルアーカイブでは『日本六十余州国々切絵図 土佐国』が公開され、東西 107cm × 南北 60cm、ほかに『土佐国[南海道図]』 が京都大学貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 105cm × 南北 77cm、『〔土佐国絵図〕』(#T1-100) が岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、東西 108.5cm × 南北 78.2cm である。
『元禄土佐国絵図』はオーテピア高知図書館 高知みらい科学館 収蔵品検索データベースでオンライン公開されている国絵図である。

本図は帯状に 3分割され、大きさはそれぞれ東西 760cm × 南北 186cm、合わせて東西 750cm × 南北 558cm とある。天保国絵図の作成は、幕府から提供された元禄国絵図の分割写本に薄紙 (懸紙) を重ね、修正内容を記載して提出する方式であったため、同じ形態で途中段階のものが控図として国許に残る場合がある。その場合、各分割の幅は 54~55cmであることが多く、本図の分割の幅 (南北方向) は明らかに広い。このため、特に関係なく取り扱い上、分割されたものと考えられるが、『元禄伊予国絵図』も同様の形態で、また分割の幅 (南北方向) も 187cmなどであって類似する。この関係性については興味深い。
余白部分 (畾紙) に存在する目録の奥書に当たる部分には、元禄13年の日付が記載されているが、年と月の間には空白があって何月かは記載されていない (『元禄十三庚辰年 月』)。松平土佐守の名前が記されている。
冒頭で言及のとおり、『天保土佐国絵図』は国立公文書館に紅葉山旧蔵 (#2589418) が現存・オンライン公開されている。ほかに縮図が存在する。ただし『福井』では「下図」とある。
紅葉山文庫※1は江戸城内にあった書庫、勘定所は勘定奉行を長とする役所であり、したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照目的のために納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2。
『天保土佐国絵図』は東西 856cm × 南北 569cm、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。天保国絵図一般については『9. 天保国絵図』を参照のこと。
| ^ ※1: | 「紅葉山文庫」はほかの各種用語と同様、近代以降の俗称・学術用語。近世は主に「御文庫」と呼ばれ、「官庫」とも呼ばれた。 |
| ^ ※2: | 『紅葉山文庫』(1980)。 |
→ 『凡例』
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