オンラインで参照できる長門国絵図 (長門国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。

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(1) 概要

長門国 (長州) は山陽道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保長門国絵図』は紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、勘定所旧蔵 (#763992) がオンライン公開されている。

Fig.878 天保長門国絵図 (国立公文書館所蔵)

長門国絵図は基本的に周防国絵図とセットで、慶長・寛永・正保・元禄・天保が揃う国絵図のひとつである。しかし広島県立歴史博物館所蔵 (寛永) も山口県文書館所蔵 (正保・元禄) も、最低限の解像度で検討には適さない。

(2) 慶長長門国絵図

『慶長長門国絵図』は宇部市デジタルミュージアム『慶長国絵図控図長門国』として現存・オンライン公開され、高解像度・高品質で細部まで検討できる。

Fig.780 慶長長門国絵図 (宇部市デジタルミュージアム公開)

『慶長周防国絵図』と『慶長長門国絵図』は、裏書の記載内容から慶長国絵図であることがはっきりしており (『川村b』)、両国絵図の解題 (慶長国絵図の世界) でも「慶長国絵図の中で正当な控図と確認できる唯―のもの」とされている。

郡内の郡名・郡高は短冊型の中に書かれており、さらに田畠反別まで記載する仕様は『慶長肥前国絵図』と共通する。郷村をあらわすオブジェクトは楕円で接尾辞を省いた郷村名だけが記載され、その外に郷村高を付記している点も同様である。ただし『慶長肥前国絵図』の郷村をあらわすオブジェクトは短冊型で異なる。ほか郡界は赤褐色の線、街道は朱線で一里塚は書き入れられていない。

城下周防国の高嶺城・岩国城、および長門国の萩城・串崎城が具体的に描写されている。大きさは控えめだが表現は細かい。
オブジェクトは真円に近い整った楕円、郡別の彩色。村名は基本的にその中に記載、接尾辞なし・漢字表記。村高はその外に記載される。例外として、島嶼部ではオブジェクトが小さく、村名もその外に記載される場合があり、オブジェクトも海岸を反映した形状になっているものもある。また村高のないものは、その後の標準的な記法では「○○村之内」と付記される、ほかの村に包含される村と考えられる。長門国 豊東郡の「府中」「山田」は豊田郡の石高が含まれる表現になっている。
宿駅区別はみられない。
見出し墨 (外側)・朱 (内側) の二重枠の短冊形で白に彩色されている。郡名・郡高・反別内訳 (田・畑)・物成を記載。
境界 (郡界)渋味のある赤紫 (梅紫) の太線。安芸との国界にも引かれている (周防・長門国界はさらに太い鈍色の線)。
街道朱線、一里塚・道程記載なし。本道・脇道の区別なし。
航路なし。
国界 (国境)国境 記載周防・長門相互および海側に記載はない。周防国の北東部に「石見ノ内 吉賀」「安藝ノ内 淺原」「川限 安藝ノ内」、長門国の東部に「石見吉賀郡」の記載があるが、「川限 安藝ノ内」以外は単に隣国の地名を示しているだけ (隣国記載) と考えられる。なお国界にも引かれている郡界の鈍い赤紫 (梅紫) の線は甲島にも引かれ、「甲」の文字とともに北部「安藝ノ内」、南部「周防ノ内」の記載がある。
隣国 色分けなし。
方角記載なし。
川幅記載なし。
目録目録と呼べるのかは難しいが、周防国の南西部に「周防六郡高辻」「并拾六万四千四百二十石二斗一舛二合」と「周防長門十四郡高辻」「合廿九万八千四百八十石二斗三合」の記載、長門国の南東部に「長門八郡高辻」「并拾三万四千五十九石九斗九升一合」の記載と郡界 (『郡境』)・道・川の凡例がある。
その他山陵の一部に単純な形状・色彩ではあるものの多数の木々で森林が表現され、また白浜がよく目立ち、本図に独特の景観を与えている。長門国の関門海峡対岸の緑彩色部分に、郡の見出しと同じオブジェクトで「豊前門司」の表記がある。

なお『慶長周防国絵図』は長門国と接する部分が切り取られ、『慶長長門国絵図』と重ねることができる。形状から明らかではあるが、□印で接合部も示されている。

Fig.781 慶長長門国絵図・慶長周防国絵図 (宇部市デジタルミュージアム公開)
(3) 山口県文書館所蔵 (周防・長門両国絵図)

山口県文書館では現存する複数の周防・長門国絵図を公開しているが、外観しか公開されていない。拡大する機能を備えたビューアは提供され※1、一部は『高画質画像ダウンロード』から低解像度・低画質の画像を参照することができる。

同館所蔵の国絵図には、独自に周防・長門国の両国を合わせて描いたものがあり、『国絵図との関連で作成された防長両国一枚絵図について』(河村)※2に整理されている。一覧 (周防国長門国) と重複するが、その表に正保・元禄国絵図をあわせて示せば以下のとおりである。

#※3名称請求番号※4内容・備考※5
-防長両国大絵図58絵図238-1『正保周防国絵図』
-防長両国大絵図58絵図238-2『正保長門国絵図』
1長門周防両国絵図58絵図240-2萩藩が独自に作成した周防・長門 2国の絵図。情報は『正保周防国絵図』『正保長門国絵図』に基づくが、合成・縮小にともなって記述は取捨選択されている。全体の形状 (輪郭) は単純な合成では説明できない差異がある。
2防長両国全図袋入絵図2同上、ただし長門国は寛文4年(1664) のいわゆる寛文印知以降の 6郡合成となっている (総計である国高は変わらない)。また前項にはある支藩の領域区分は示されていない。
-周防長門大絵図58絵図246-1『元禄周防国絵図』
-周防長門大絵図58絵図246-2『元禄長門国絵図』
3周防長門一枚絵図58絵図239#1・#2と同様の、『元禄周防国絵図』『元禄長門国絵図』に対応する周防・長門 2国の絵図。裏書があって、元禄12年(1699) 5月時点の国絵図から作成したものであることが明示されている。
4周防長門両国絵図58絵図242同上、ただし来歴は示されていない。内容から上記に修正を加えたものと推定されている。合成前の国絵図との相違点が別記されている。
5防長両国絵図袋入絵図1上記 2点とはやや仕様が異なるもの。合成前の国絵図との相違点は別記されている。
6周防長門国高都合色分図※6袋入絵図9享保3年(1718) にあらためて作成された周防・長門 2国の絵図。合成前の国絵図との相違点が別記されている。また裏書に来歴が記載されていて、郷帳記載に対して何らかの相違があって修正・提出が必要になったらしい。長門国の郡の一覧を一部欠損。
7周防長門両国絵図58絵図243同上、ただし別記・裏書はない。西部 (長門国の過半) を大きく欠損。

各史料のオンライン公開の現状は前述のとおりで、詳細に検討することはできない。

注釈
^ ※1: 文字どおりに拡大することができる。
^ ※2: 『山口県地方史研究 84』(2000) 所収、cc.12-15。
^ ※3: 『河村』の表1 の番号、無いものは「-」。
^ ※4: 「58絵図」は「毛利家文庫」内の細目。
^ ※5: 番号のあるもの (『-』以外) は『河村』による。
^ ※6: 『河村』には請求番号「袋9」(『袋入絵図9』)・名称「周防長門国郡色分絵図 (写)」とある。しかし袋入絵図9「周防長門国高都合色分図袋入絵図10「周防長門国郡色分絵図 (写)」のどちらかであって、請求番号と名称の組み合わせがおかしい。る。後者の場合、サイズ・内容が合致しないことから、ここでは請求番号が正しいと判断し、前者とした。
(4) 中川忠英旧蔵

国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には長門国のものが含まれ、現存・オンライン公開されている (#714172 )。

Fig.902 正保長門国絵図 (中川忠英旧蔵・国立公文書館所蔵)

本図の様式・内容は正保国絵図に標準のもので、中川忠英旧蔵のほかの正保国絵図とも共通する。また寛文4年(1664) のいわゆる寛文印知で再編成される前の 8郡構成となっており、『正保長門国絵図』かつ明暦の大火後の再提出で現状が反映されたものではないもの、であることがわかる。

村をあらわすオブジェクトには支配関係の「いろは」記号は付されているが、接尾辞のない村名だけが記載され、村高は省略されている。「馬次」と付記されたオブジェクトは真円で、ほかの一般的な小判形とは区別され、確認する限りは山口県文書館所蔵のものも同様で、興味深い。

郡の編成と郡高は以下のとおりである。

本図寛文朱印留※1
36,354.279石※238,515.030石※3
大津郡17,680.683石※418,214.137石※5
見島郡n/a584.041石※6
豊田郡18,732.427石※7n/a
豊浦郡n/a45,082.229石※8
ぶん西ざい13,754.750石※9n/a
ぶんとう19,571.010石※10n/a
12,414.888石※1132,306.463石※12
とう18,091.500石※13n/a
3,0023.860石※14※1531,921.745石※16
総計(記載値)166,623.400石※17※18166,623.000石※19
(計算値)166,623.397石※20166,623.645石※21
注釈
^ ※1: 寛文4年(1664) 4月5日付『毛利綱広宛領知判物・目録』、『寛文朱印留 上』(1980) 所収、c.37。
^ ※2: 「髙三万六千三百五拾四石弐斗七舛九合」。
^ ※3: 「高三万八千五百拾五石三升」
^ ※4: 「髙壱万七千六百八拾石六計八舛三合」。
^ ※5: 「高壱万八千弐百拾四石壱斗三升七合」
^ ※6: 「高五百八拾四石四升壱合」
^ ※7: 「髙壱万八千七百三拾貳石四計弐舛七合」。
^ ※8: 「高四万五千八拾弐石弐斗弐升九合」
^ ※9: 「髙壱万三千七百五拾四石七計五舛」。
^ ※10: 「髙壱万九千五百七拾壱石壱舛」。
^ ※11: 「髙壱万貳千四百拾四石八計八舛八合」。
^ ※12: 「高三万弐千三百六石四斗六升三合」
^ ※13: 「髙壱万八千九拾壱石五計」。
^ ※14: 「髙三万貳拾三石八計六舛」、正しくは「髙三万貳拾三石八計六舛三合」であり「三合」が漏れている。
^ ※15: 『河村』によれば『長門周防両国絵図』(58絵図240-2)『防長両国全図』(袋入絵図2)では3,0023.863石。
^ ※16: 「高三万千九百弐拾壱石七斗四升五合」
^ ※17: 「都合拾六萬六千六百貳拾三石四計」。
^ ※18: 『河村』によれば『長門周防両国絵図』(58絵図240-2)『防長両国全図』(袋入絵図2)でも166,623.400石。
^ ※19: 判物に記載された国高は斗以下が省略され「拾六万六千六百弐拾三石余」。
^ ※20: 美祢郡で漏れている「三合」を補えば 166,623.400石で、記載値に一致する。
^ ※21: 『河村』によれば『周防長門一枚絵図』(58絵図239)『周防長門両国絵図』(58絵図242)『防長両国絵図』(袋入絵図1)でも 166,623.645石で一致。
(5) 山口県文書館所蔵 (天保長門国絵図)

山口県文書館では『天保長門国絵図』として『御両国絵図』が現存・オンライン公開されている。年代に「天保8年[1837]」、内容に「長門国7巻」とあり、帯状に 7分割されている。

天保国絵図の作成は、幕府から提供された元禄国絵図の分割写本に薄紙 (懸紙) を重ね、修正内容を記載して提出する方式だった。解像度が不十分なためわかる範囲となるものの、本図はその分割写本をさらに写したものに、修正が必要な部分ごとに薄紙を重ねて修正したものとみられる。どのような段階のものかはわからない。

(6) 一覧

『凡例』

種別参照可否確定名称等所蔵・公開備考
確定根拠
慶長当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。川村b慶長国絵図控図長門国 (慶長国絵図の世界)宇部市 デジタルミュージアム参照
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵#15752秋田県公文書館 デジタルアーカイブ
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者T1-98岡山大学 絵図公開 データベースシステム
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者長門国[山陽道図]京都大学貴重資料 デジタルアーカイブ
寛永当該国絵図であることは確定していない (推定等)、かつ低解像度の画像が公開されているだけで、史料としての活用は限定される。所蔵長門図之図収蔵品データベース (広島県立歴史博物館所蔵)
正保当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。川村a中川忠英旧蔵国立公文書館 デジタルアーカイブ
正保所蔵防長両国大絵図 (正保長門国絵図)山口県文書館[写]参照
その他当該国絵図であることが確定した画像が公開されているが、外観紹介だけである。所蔵長門周防両国絵図 (58絵図240-2)山口県文書館周防・長門 2国の絵図 (正保) → 参照
その他当該国絵図であることが確定した画像が公開されているが、外観紹介だけである。所蔵防長両国全図 (袋入絵図2)山口県文書館同上
元禄所蔵周防長門大絵図 (元禄長門国絵図)山口県文書館[写]参照
その他当該国絵図であることが確定した画像が公開されているが、外観紹介だけである。所蔵周防長門一枚絵図 (58絵図239)山口県文書館周防・長門 2国の絵図 (元禄) → 参照
その他当該国絵図であることが確定した画像が公開されているが、外観紹介だけである。所蔵周防長門両国絵図 (58絵図242)山口県文書館同上
その他当該国絵図であることが確定した画像が公開されているが、外観紹介だけである。所蔵防長両国絵図 (袋入絵図1)山口県文書館同上
その他当該国絵図であることが確定した画像が公開されているが、外観紹介だけである。所蔵周防長門国高都合色分図 (袋入絵図9)山口県文書館周防・長門 2国の絵図 (享保) → 参照
その他当該国絵図であることが確定した画像が公開されているが、外観紹介だけである。所蔵周防長門両国絵図 (58絵図243)山口県文書館同上
天保当該国絵図であることが確定しているが非公開、オンラインで参照できない。所蔵#763990国立公文書館 デジタルアーカイブ正 (紅葉山)
天保当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵#763992国立公文書館 デジタルアーカイブ正 (勘定所)
天保当該国絵図であることが確定した画像が公開されているが、外観紹介だけである。所蔵御両国絵図 (天保長門国絵図)山口県文書館不 → 参照
(3) 更新履歴

2026.03.15:

2026.02.18:

2026.02.15:

2026.02.11:

2026.01.31:

2026.01.02: