オンラインで参照できる伊予国絵図 (伊予国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。

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(1) 概要

伊予国 (予州) は南海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保伊予国絵図』は紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、紅葉山文庫旧蔵 (#763995) がオンライン公開されている。目録上「勘定所」されるものは 2枚存在するが、本来的なものは 1枚で、残りは縮図ではないだろうか。

Fig.910 天保伊予国絵図 (国立公文書館所蔵)

伊予国は寛永・正保・元禄・天保の各国絵図が揃う国のひとつであり、各時期の国絵図を系統的に検討できる。天保は上記のとおり、寛永・正保・元禄の各国絵図は愛媛県歴史文化博物館に現存し、高解像度・高品質のものが絵図・絵巻デジタルアーカイブでオンライン公開されている。東西南北における領域の広がり方と島嶼部が存在する関係で、実際の面積は小さいがどの国絵図も巨大である。

(2) 寛永伊予国絵図

『寛永伊予国絵図』は愛媛県歴史文化博物館に現存し、絵図・絵巻デジタルアーカイブ『伊予国絵図 寛永図』としてオンライン公開されている。

Fig.848 寛永伊予国絵図 (愛媛県歴史文化博物館 絵図・絵巻デジタルアーカイブ公開)

解説には「寛永図をもとに作成されたものの一つである」「本図は巡見使に提出した当初のものではなく、その後の変化を反映させて描かれたものである可能性が高い」とある。様式をまとめれば以下のとおり。

城下大洲城は城および堀 (濠) を具体的に、やや大きく描写されている。宇和島城・今治城は正方形 (やや太めの枠・郡別の彩色) に城名が記載され、記号化されている。
古城「吉山古城」等、城名を背景の自然描写に記載。1箇所だけオブジェクト化されているように見えるが、これは岩礁 (島) に表記があるため。
オブジェクトは不定形の小判形または楕円、支配別の彩色。村名はその中に記載、基本的に接尾辞なし (接尾辞を除く部分が 1文字のものを中心に例外あり)・漢字表記。村高の記載はないが、原本が下図 (下絵図) または控図によるためか、写本における省略と考えられる。
宿駅区別はみられない。
見出し枠なし、郡名だけ。
境界 (郡界)墨線。国界にも引かれている。
街道朱線、一里塚なし、道程記載はあるがかなり少ない。本道・脇道で線幅の違いはなく、一里塚もないため区別はできない。
航路あり。
国界 (国境)国境 記載山側は特定の村・町からその地点までの距離を記載。地点自体の地名はなく「宇和嶋ゟ十一里卅八間」や「境目江久万町ゟ七里」の形式、単に「土佐道」とあったり無記載の場合もあり。隣国側にはほぼ真円・彩色赤で村のオブジェクトがある (村名の記載は有無混在)。そのオブジェクトに近接して「土佐領」と表記することで国境記載を代替している場合もある。海側は讃岐国に接する付近の海上に「讃岐領」の記載のほか「谷国境 (谷國境)」「境目河口ゟ一里十八町」と、島嶼に「他領」と「阿波国内 (阿波國内、ママ)」の記載がある。
隣国 色分けなし、「土佐領」「阿波国 (阿波國)」の文字だけ。
方角記載あり。
川幅記載あり。
目録見出しなし、支配別石高・総計 (『惣高』)・郡一覧の順。郡一覧は「十四郡」の見出しと接尾辞略の郡名だけ。
その他短冊形 (枠線の太さは村と変わらないか、やや太め)・彩色黄の地名表記がある。特定の寺社・山は城と同様にデフォルメされた具体的な景観で描かれている。

なお、広島県立歴史博物館所蔵で収蔵品データベースでオンライン公開される国絵図に『伊予国絵図』があり、解説には「正保の伊予国絵図の縮小図」とある。しかし同館のほかの国絵図と同様に解像度が低く、詳細な検討には堪えないが、見る限りは『寛永伊予国絵図』(『伊予国絵図 寛永図』・愛媛県歴史文化博物館所蔵) に類似する。

(3) 正保伊予国絵図 (愛媛県歴史文化博物館所蔵)

『正保伊予国絵図』は愛媛県歴史文化博物館に現存し、絵図・絵巻デジタルアーカイブ同名の史料 (『正保伊予国絵図』) としてオンライン公開されている。Fig.784 正保伊予国絵図 (愛媛県歴史文化博物館 絵図・絵巻 デジタルアーカイブ公開)

解説に「寛文期(1661~73年) に幕府に再提出した国絵図の控図として松山藩が作製したものと考えられる」とあり、明暦の大火後に再提出されたもので、かつ控図とされる。郡の一覧から得られる国郡高は『正保伊予国郷帳』※1と一致する。

注釈
^ ※1: 慶安元年(1648) 三月吉日付『伊予国知行高郷村数帳』、『愛媛県史料1 伊予国旧石高調帳』(1974) 所収、cc.6-43。
(4) 正保伊予国絵図 (中川忠英旧蔵)

国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には伊予国のものが含まれる (#714422)。本図はオンライン公開されていないが、『福井』によれば、記載されている国高は 400,271.873石 (都合高四拾万弐百七拾壱石八斗七升参合) である。この国高は『正保伊予国郷帳』の国高 (『高都合四拾万弐百七拾壱石八斗七升三合』) に一致することから『正保伊予国絵図』といえる。

(5) 元禄伊予国絵図

『元禄伊予国絵図』(四枚之内一番 二番 三番 四番) および『同』(東予・中予 南予) も愛媛県歴史文化博物館に現存し、絵図・絵巻デジタルアーカイブでオンライン公開されている国絵図である。

Fig.952 元禄伊予国絵図 (愛媛県歴史文化博物館 絵図・絵巻デジタルアーカイブ公開)

前者は、解説に「あまりにも巨大なため、使い勝手を考慮してか横に4分割して保存されている」とあり、幅 (南北方向) はそれぞれ187cm・187cm・184cm・136cmである。天保国絵図作成時に幕府から提供された元禄国絵図の分割写本の幅は、おおむね 54cm前後であることから直接の関連はないとみられるが、『元禄土佐国絵図』も幅 (南北方向) は 186cmであることから、この関係性とともに詳細な検討が期待される。後者については特に言及はなく、また長さ (東西方向) は短く異なるものの、幅 (南北方向) はそれぞれ182cm・185cmと類似することから由来としては同じと思われる。

(6) 一覧

『凡例』

種別参照可否確定名称等所蔵・公開備考
確定根拠
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵#15756秋田県公文書館 デジタルアーカイブ
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者T1-95岡山大学 絵図公開 データベースシステム
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者伊予国[南海道図]京都大学貴重資料 デジタルアーカイブ
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者伊予国図聖心女子大学図書館 デジタルギャラリー 描写は本館所蔵の国絵図に共通のものだが (村を小さな円であらわし名称をその外に書くなど)、形式を除けば余州図の伊代国絵図である。
寛永当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵伊予国絵図 寛永図愛媛県歴史文化博物館 絵図・絵巻 デジタルアーカイブ参照
寛永当該国絵図であることは確定していない (推定等)、かつ外観が紹介されているだけ。筆者伊予国絵図広島県立歴史博物館 収蔵品データベース参照
正保当該国絵図であることが確定しているが非公開、オンラインで参照できない。筆者中川忠英旧蔵国立公文書館 デジタルアーカイブ参照
正保当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵正保伊予国絵図愛媛県歴史文化博物館 絵図・絵巻 デジタルアーカイブ参照
元禄当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵元禄伊予国絵図 (四枚之内一番 二番 三番 四番)愛媛県歴史文化博物館 絵図・絵巻 デジタルアーカイブ参照
元禄当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵元禄伊予国絵図 (東予・中予 南予)愛媛県歴史文化博物館 絵図・絵巻 デジタルアーカイブ[写]参照
天保当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵#763995国立公文書館 デジタルアーカイブ正 (紅葉山)
天保当該国絵図であることが確定しているが非公開、オンラインで参照できない。所蔵#764142国立公文書館 デジタルアーカイブ正 (勘定所)
天保当該国絵図であることが確定しているが非公開、オンラインで参照できない。所蔵#763994国立公文書館 デジタルアーカイブ正 (勘定所)
(5) 更新履歴

2026.03.15:

2026.02.18:

2026.02.11:

2026.02.04:

2026.01.31:

2026.01.02: