オンラインで参照できる壱岐国絵図 (壱岐国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。

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(1) 概要

壱岐国 (壱州) は西海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保壱岐国絵図』は紅葉山文庫旧蔵 (#764030) が現存・オンライン公開されている。

Fig.807 天保壱岐国絵図 (国立公文書館所蔵)

壱岐国はオンラインで参照可能な国絵図が『余州図』と『天保壱岐国絵図』に限られ、最低限の国絵図しか参照できない国のひとつである。

(2) 日本六十余州国々切絵図

『日本六十余州国々切絵図 (余州図)』は、秋田県公文書館に 68国のすべてが現存し、秋田県公文書館デジタルアーカイブで公開されている。『日本六十余州国々切絵図』の通称も同館のものによる。『余州図』についての一般論は『6. 寛永国絵図・日本六十余州国々切絵図』を参照。

Fig.984 日本六十余州国々切絵図 壱岐国 (『壱岐国[西海道図]』・京都大学附属図書館所蔵・貴重資料デジタルアーカイブ公開)

上に示したのは『壱岐国[西海道図]』 で、京都大学貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 77cm × 南北 105cm である。 秋田県公文書館デジタルアーカイブでは『日本六十余州国々切絵図 隠岐国』が公開され、大きさは東西 55cm × 南北 90cm、またほかに『〔壱岐国絵図〕』(T1-113)岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、大きさは東西 77.7cm × 南北 107.2cm である。

(3) 松平乗命旧蔵

国立公文書館所蔵、松平乗命旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国絵図』) には壱岐国のものが含まれ、現存する (#725119)。オンラインでは公開されていない。

この松平乗命旧蔵の国絵図群には、松平乗命から明治政府へ渡る前後 (明治5~6年(1872~1873))に、京都府が一式を借用して忠実に模写したものも存在し、京都府立京都学・歴彩館に現存、館古044: 国絵図という一群で管理されている。その『壱岐国絵図』もオンラインでは公開されていないが、目録は国立公文書館デジタルアーカイブよりも充実し、国高は 15,982石と記載されている。大きさは115.5cm × 137.0cmとあるが、東西・南北の判断は難しい。

勝本町史 上巻(1985)によれば、慶長9年(1604) の国高は 15,732石、寛文4年(1664) 『松浦鎮信宛領知朱印状・目録』※1によれば、壱岐郡 9,816.143石※2・石田郡 7912.857石※3で、これを合計すれば国高は 17,729石である。本図に記載された 15,982石はこの間ということになる。

一方で厳密にどの時期かを特定することは難しい。『余州図』のうち京都大学所蔵・岡山大学所蔵にも同じ国高が記載されているが、秋田県公文書館所蔵には記載がなく、各図における支配者名の付箋と下総国における『余州図』のバリエーションから考えると、写本の作成者によって適宜書き入れられたものとも受け取れる。『壱岐名勝図誌 上』(1975)によれば『国花万葉記』『和漢三才図会』にも同じ値が記載されているものの※4、どの時期なのかはわからない。

基本的には寛永国絵図か正保国絵図のどちらかと考えられるものの、本図がどの時期の国絵図であるのかは様式を含めて確認する必要がある。

注釈
^ ※1: 寛文4年(1664) 4月5日付、『寛文朱印留 上』(1980) 所収、c.115。
^ ※2: 「高九千八百拾六石壱斗四升三合」。
^ ※3: 「高七千九百拾弐石八斗五升七合」。
^ ※4: 前者は「一万五千九百八十二石」、後者は「一万五千九百八十二石余」。
(4) 正保壱岐国絵図

『正保壱岐国絵図』は、長崎県立長崎図書館の『郷土資料目録 上』(1965)に「正保年中」「松浦肥前守」「写 1鋪 200×250 彩色」とある『壱岐国絵図』が含まれることから、長崎県立長崎図書館に現存するはずだが、情報を得られず現況はわからない。

(5) 天保壱岐国絵図

冒頭で言及のとおり、『天保壱岐国絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵 (#764030) が現存・オンライン公開されている。

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった書庫、勘定所は勘定奉行を長とする役所であり、したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照目的のために納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保壱岐国絵図』は東西 186cm × 南北 186cm、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。天保国絵図一般については『9. 天保国絵図』を参照のこと。

注釈
^ ※1: 「紅葉山文庫」はほかの各種用語と同様、近代以降の俗称・学術用語。近世は主に「御文庫」と呼ばれ、「官庫」とも呼ばれた。
^ ※2: 『紅葉山文庫』(1980)
(6) 一覧

『凡例』

種別解像度参照名称等
所蔵・公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照日本六十余州国々切絵図 壱岐国 (#15759)
秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照〔壱岐国絵図〕 (T1-113)
岡山大学 絵図公開データベースシステム 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照壱岐国[西海道図]
京都大学 貴重資料デジタルアーカイブ 公開
不明オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照松平乗命旧蔵
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
不明オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照松平乗命旧蔵(写)
歴史資料アーカイブ 公開 (京都府立京都学・歴彩館 所蔵)
正保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照壱岐国絵図
長崎県立長崎図書館 所蔵
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照紅葉山文庫旧蔵 (#764030)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
(7) 更新履歴

2026.04.12:

2026.02.18:

2026.01.31:

2026.01.02: