ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、遠江国絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。
(1) 概要
遠江国 (遠州) は東海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保遠江国絵図』は勘定所旧蔵 (#2590188) が現存・オンライン公開されている。

(2) 日本六十余州国々切絵図
『日本六十余州国々切絵図 (余州図)』は、秋田県公文書館に 68国のすべてが現存し、秋田県公文書館デジタルアーカイブで公開されている。『日本六十余州国々切絵図』の通称も同館のものによる。『余州図』についての一般論は『6.2. 日本六十余州国々切絵図』を参照。
秋田県公文書館デジタルアーカイブでは『日本六十余州国々切絵図 遠江国』が公開され、大きさは東西 97cm × 南北 82cm、ほかに『遠江国[東海道図]』 が京都大学 貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 106cm × 南北 78cm、『〔遠江国絵図〕』(#T1-49) が岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、大きさは東西 109.5cm × 南北 78.4cm である。
(3) 松平乗命旧蔵
国立公文書館所蔵、松平乗命旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国絵図』) には遠江国のものが含まれる (#725317)。オンライン公開はされていない。

本図に記載されている国郡高は『正保遠江国郷帳』に整合することから『正保遠江国絵図』といえる。『正保遠江国郷帳』および『遠淡海地誌』との比較は以下のとおり。
| 郡 | 本図 | 正保遠江国郷帳 | 遠淡海地誌 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 豊田郡 | 35,086.0860石 | ※1 | 35,086.0860石 | ※2 | 35,086.0860石 | ※3 |
| 長上郡 | 22,633.2400石 | ※4 | 22,670.7200石 | 22,670.7700石 | ※5 | |
| 麁玉郡 | 1,400.7450石 | ※6 | 1,400.7450石 | 1,400.7450石 | ※7 | |
| 引佐郡 | 12,417.3800石 | ※8 | 12,417.3840石 | 12,417.3840石 | ※9 | |
| 敷知郡※10 | 36,296.9730石 | ※11 | 36,296.9730石 | 36,296.9730石 | ※12 | |
| 浜名郡 | 776.8010石 | ※13 | 776.8010石 | 776.8010石 | ※14 | |
| 磐田郡※15 | 934.2600石 | ※16 | 934.2600石 | 934.2600石 | ※17 | |
| 山名郡 | 32,252.5300石 | ※18 | 32,252.5300石 | 32,252.5300石 | ※19 | |
| 周知郡※20 | 18,847.0640石 | ※21 | 18,847.0640石 | ※22 | 18,847.0640石 | ※23 |
| 佐野郡 | 26,327.8647石 | ※24 | 26,327.8647石 | 26,327.8640石 | ※25 | |
| 城東郡※26 | 58,241.4083石 | ※27 | 58,241.4080石 | 58,241.4080石 | ※28 | |
| 榛原郡 | 35,481.6530石 | ※29 | 35,481.6530石 | ※30 | 35,481.6530石 | ※31 |
| 総計 | 280,696.0050石 | ※32 | 280,733.4900石 | ※33 | 280,733.4900石 | ※34 |
『正保遠江国郷帳』は『静岡県史 資料編9 近世1』(1991) 所収、ここではこれをもとにした『磐田市史 通史編 中巻 近世』(1991) c.38の一覧表を参照した。『遠淡海地誌』の石高は『遠淡海地誌』(1991) として翻刻された同名地誌に「古高」として載るもので、いつの時点の数値であるのか明示されていないが、『正保遠江国郷帳』とほとんど一致することから、同一時期の国郡高といえる。
上記によれば、松平乗命旧蔵と『正保遠江国郷帳』とでは長上・引佐・佐野の 3郡を除いて郡高は一致し、うち引佐郡については松平乗命旧蔵で合以下、佐野郡については『正保遠江国郷帳』で勺以下の相違に過ぎず、写本を作成した際に落としただけだろう。したがって長上郡を除いて一致しているといってよい。
一方、長上郡については十石以下が異なり、ほかと比べると差分が大きい。また単純な誤脱では生じない差異であり※35、それぞれが参照している情報源がそもそも異なる可能性を示唆している。ただし『遠淡海地誌』を合わせた 3点で数値が異なるのは本郡が唯一であって、やはりどちらかの誤りである可能性は残る。
ほかの各郡が一致することと、大きいとはいっても十石以下であること、またそもそも国絵図の内容 (描写) から本図が『正保遠江国絵図』であることは疑いない。しかしこの差異は興味深い点であり、いずれ説明できることを期待する (いまのところその材料はない)。
注釈
(4) 浜松市立中央図書館所蔵
浜松市立中央図書館では『遠江國絵図』を所蔵・オンライン公開している。

本図は松平乗命旧蔵と郡高が一致し、描写も共通することから、やはり『正保遠江国絵図』といえる。継承関係はわからないが、同じ原本を写した同系統の写本である。
松平乗命旧蔵と比較すると、村高はすべて省略され、国境記載に不正確な箇所がある一方、村の接尾辞は省略されず、背景となる自然描写の区別が相対的に多いなど、本図の作成者は「国絵図」(地図) としての精密さや意味よりも「絵図」(絵画) としての完成度や形式に気を配っているようだ。文字も基本的にしっかりとした楷書で、仮名を含む草体は流麗な印象を受ける。なお『解説「国絵図」』では「下図ないしは控図と推定される」とされるが、控図ではあり得ず、かなり前の段階の下図 (下絵) としても粗雑過ぎる。
主だった違いをあげれば以下のとおり。
| 項目 | 松平乗命旧蔵 | 浜松市立中央図書館所蔵 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 村高 | 省略されていない | 省略されている | 『松平』が精緻 |
| 村の接尾辞 | 省略されている※1 | 省略されていない | 『浜松』が精緻 |
| 山陵の描写 | 『浜松』で描写されていても『松平』では描写されていない部分がある (掛川城※2付近など) | 『浜松』が精緻 | |
| 町・宿のオブジェクト | 方形 | 村と同じ小判形※3 | 『松平』が正確 |
| 東海道 金谷宿 | 「金谷宿」 | 「金谷村」 | 『松平』が正確 |
| 同宿東方の国境記載 | 「駿州嶋田ヘ出ル」、別に大井川に沿って「大井川」 | 「大井川」と大書 | 『松平』が正確 |
| 東海道 白須賀宿 西方の国境記載 | 「三河二川村ヘ出ル」 「三河下細谷村ヘ出ル」 | (欠) | 『松平』が正確 |
| 潮見坂 (汐見坂) の表記 | (欠) | 「塩見坂」 | 『浜松』が正確 |
| 田河内村 北方の山 | 方形オブジェクトに「クラホ𛂘山 | ほかと同様の形式で「く𛃰𛂰𛂒山」 | 古城であれば『松平』が正確、山であれば『浜松』が正確 |
| 横須賀城 北東の山 | 方形オブジェクトに「高天神」 | ほかと同様の形式で「高天神」 | |
| 天竜川上流右岸の切り立った地形 | 山陵とはやや異なる描写 | 色・形状とも山陵とは異なる描写 | 『浜松』が精緻 |
| 国高 | 記載されている | 記載されていない | 何ともいえず |
本図の大きさは東西 202cm × 230cmである。
注釈
(5) 天保遠江国絵図
『天保遠江国絵図』は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち遠江国のものである。冒頭で言及したとおり、『天保遠江国絵図』は国立公文書館に勘定所旧蔵 (#2590188) が現存・オンライン公開されている。
紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2。
『天保遠江国絵図』は大きさが東西 394cm × 南北 392cm で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。
注釈
(6) 一覧
(7) 変更履歴
内容
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- 『日本六十余州国々切絵図』の記事を追加した。
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- 『天保遠江国絵図』の記事を追加した。
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- 導入文を追加し、概要を追補した。
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- 「てにをは」等、文章・表現を適宜見直した。
- 『天保遠江国絵図』について外観を示した。
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- 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。
- 同様に一覧表の備考に記載されていた記事を外に出して、表現などわかりづらいところを適宜、見直した。
- 『正保遠江国絵図』(松平乗命・浜松市) について、詳細検討の結果を反映し、また外観を示した。
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- 新規作成。