ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、武蔵国絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。
(1) 概要
武蔵国 (武州) は五畿七道のうち東海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保武蔵国絵図』は勘定所旧蔵が現存し、『天保国絵図武蔵国』(#764171) としてオンライン公開されている。

(2) 日本六十余州国々切絵図
『日本六十余州国々切絵図 (余州図)』は、秋田県公文書館に 68国のすべてが現存し、秋田県公文書館デジタルアーカイブで公開されている。『日本六十余州国々切絵図』の通称も同館のものによる。『余州図』についての一般論は『6.2. 日本六十余州国々切絵図』を参照。
上に示したのは『日本六十余州国々切絵図 武蔵国』(#15705) (左) と『武蔵国21郡絵図』(#120504) (右) で、大きさはそれぞれ東西 126cm × 南北 115cm、東西 125cm × 南北 159cm である。後者は秋田県公文書館に『日本六十余州国々切絵図』とは別に存在し、これは相模・武蔵・安房・上総・下総・上野・下野・常陸の「関八州」8国と出羽国に限られる。
ほかに『武蔵国[東海道図]』 が京都大学 貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 116cm × 南北 160cm、『〔武蔵国絵図〕』(#T1-83) が岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、大きさは東西 116.1cm × 南北 163.9cm である。
(3) 正保武蔵国絵図 (中川忠英旧蔵)
国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には武蔵国のものが含まれるが (#714364 )、オンラインでは公開されていない。
大きさは長辺 383cm × 短辺 289cm で※1、本図については正保国絵図としての参照が多く、すでに評価されているところではある。念のため確認すると、記載されている国高は 982,337.9658石※2で、これは『武蔵田園簿』の国高 982,337.9658石※3に一致する。『福井b』によれば「印記は山城国に同じ」といい、正保国絵図と確認できるほかの中川忠英旧蔵の様式と共通し、Web版『葛飾区史』(2017) 所収の部分図でも確認できる※4。
注釈
(4) 正保武蔵国絵図 (松平乗命旧蔵)
国立公文書館所蔵、松平乗命旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国絵図』) にも武蔵国のものが含まれる (#725326)。オンライン公開はされていない。
この松平乗命旧蔵の国絵図群には、松平乗命から明治政府へ渡る前後 (明治5~6年(1872~1873))に、京都府が一式を借用して忠実に模写したものも存在し、京都府立京都学・歴彩館に現存、館古044: 国絵図という一群で管理されている。その『武蔵国絵図』もオンラインでは公開されていないが、目録は若干、充実している。
写本の大きさは東西 177.4cm × 南北 187.5cm で※1、(松平乗命旧蔵としての) 原本も同様と考えられる。本図には村高の記載はあるものの、国郡高は記載されていないため石高からその性質を特定することは難しい。しかし、様式や描かれている景観や※2、『15. 武蔵国(7)』との比較により『正保武蔵国絵図』であることを確認できる。
本図は『新編埼玉県史 通史編3 近世1』(1988) に別刷りの『附録2』として収録されている。

もともと印刷物であることから解像度が不十分なことに加え、多色刷りであることから色調がおかしく、またその品質も悪いため村名の判読はほとんどできない。外観と全体の様式を確認できる程度といえるが、貴重なものではある。
『新編埼玉県史』では、本図は単に「武蔵国絵図 (国立公文書館内閣文庫蔵)」とされている。しかし国立公文書館所蔵の武蔵国絵図のうち、正保国絵図かどうかが問題となるのは中川忠英旧蔵・松平乗命旧蔵のどちらかに限られること、およびその後者の特徴※3に一致すること、また『江戸時代の神奈川 古絵図でみる風景』(1994)に『日本分国絵図』(松平乗命旧蔵の通称) の『武蔵国図』として掲載されている部分図※4が本図の対応する部分に一致することから、松平乗命旧蔵ということが確かめられる。なお色調については同部分図が正常なものといえる。
注釈
(5) 正保武蔵国絵図 (国文学研究資料館所蔵)
国文学研究資料館には『正保武蔵国絵図』が現存し、『武蔵国絵図』として収蔵歴史アーカイブス データベースで公開されている。。
目録によれば本図の大きさは 東西 484cm × 南北 400cm で※1、「1952年度に古書店より購入」という。彩色はかなり省略され、村のオブジェクト (小判型) は地色で郡別の彩色はなく、隣国色別もその境界が墨線で表現されているだけで彩色されていない。海も縁取り程度で大部分は地色のまま、また全体として背景となる自然描写もかなり省略されている。しかし村高はすべて記載され、一里塚・道程記載・国境記載などに不足はないように見受けられることから、本図の作成者は地理的な側面を重要視していたようだ。細かいところでは、隣国として輪郭のみの描写である上総国も、本図では漏れていない (次の 東京市史稿所収では欠)。大きさも原本と代わらないのではないかと思われる。
本図には余白部分 (畾紙) に目録はないが、短冊形の郡内見出しに郡名とともに記載され、これをまとめれば下記のとおりである。
| 郡 | 本図 | 『武蔵田園簿』 | ||
|---|---|---|---|---|
| 久良郡※2 | 13,949.83300石 | ※3 | 13,949.83300石 | ※4 |
| 都筑郡 | 21,005.69700石 | ※5 | 21,105.69788石 | ※6 |
| 多磨郡 | 73,782.98600石 | ※7 | 73,782.98690石 | ※8 |
| 豊島郡 | 28,972.78800石 | ※9 | 28,972.78490石 | ※10 |
| 橘樹郡 | 4?,955.98700石 | ※11 | 44,555.98700石 | ※12 |
| 足立郡 | 130,252.68700石 | ※13 | 130,252.68760石 | ※14 |
| 新座郡 | 7,683.55500石 | ※15 | 7,683.55500石 | ※16 |
| 入間郡 | 61,754.41100石 | ※17 | 61,754.41100石 | ※18 |
| 高麗郡 | 19,937.73400石 | ※19 | 19,937.73400石 | ※20 |
| 比企郡 | 47,211.48000石 | ※21 | 47,211.48000石 | ※22 |
| 横見郡 | 10,683.25400石 | ※23 | 10,683.25400石 | ※24 |
| 埼玉郡 | 236,434.58300石 | ※25 | 236,434.58330石 | ※26 |
| 大里郡 | 29,950.56700石 | ※27 | 20,950.56700石 | ※28 |
| 男衾郡 | 7,030.99040石 | ※29 | 7,039.99046石 | ※30 |
| 幡羅郡 | 36,772.21700石 | ※31 | 36,772.21780石 | ※32 |
| 榛沢郡 | 27,481.58400石 | ※33 | 27,481.58468石 | ※34 |
| 那珂郡 | 5,565.19500石 | ※35 | 5,565.19500石 | ※36 |
| 児玉郡 | 26,471.07600石 | ※37 | 26,471.07653石 | ※38 |
| 賀美郡 | 11,661.86100石 | ※39 | 11,661.86100石 | ※40 |
| 秩父郡 | 24,662.48100石 | ※41 | 24,662.48500石 | ※42 |
| 荏原郡 | 21,818.50500石 | ※43 | 21,818.50580石 | ※44 |
| 葛飾郡 | 103,609.48700石 | ※45 | 103,689.48700石 | ※46 |
上記のとおり本図は『武蔵田園簿』と整合する。豊島・男衾・秩父 3郡は一致しないが誤差のレベルといえる (これら以外で一致しないものは、本図では一部を除いて夕 (勺) 以下が省略されているためである)。
本図の画像データは、1,920 × 1,806ピクセルの全体のほかに分割撮影の 96枚があり、未合成ではあるものの、これによって文字の判読は容易である。
注釈
(6) 正保武蔵国絵図 (東京市史稿所収)
『正保武蔵国絵図』には『東京市史稿 市街篇第6 附録』(1928) に別刷りの附録として収録されているものもある。

本図は「素行会所蔵・伯爵松浦家保管」とされるもので、これを原本とし、あらたに模写した上で多色刷りしたものと考えられる。背景となる自然描写などは単色・単純化され、海や隣国色別も彩色されておらず、国絵図における絵画的な性質は失われている。しかし、文字情報を中心とする内容そのものは忠実に再現されているように感じられる。また大判なため、ほとんどの文字が判読可能である。原本については現在、所在を確認できず、残念ながらすでに失われてしまったのだろう。
本文の奥付に「原寸 竪一丈五尺 横一丈四尺五寸」とあり、換算値で原本の大きさは概ね東西 439cm × 南北 455cm である。
(7) 正保武蔵国絵図 (正保改定図)
『正保年中改定図 (正保年中改定圖)』は、『 新編武蔵国風土記稿・新編相模国風土記稿』における『正保武蔵国絵図』である。

上に示したのは高麗郡の『正保年中改定図』(および『元禄年中改定図』) である (『正保年中改定図』は右)。『正保年中改定図』はこのように郡ごとに分割され、各郡の冒頭「図説」に『元禄年中改定図』・『今考定図』とともに収録されている。なお、この高麗郡と秩父郡のみ『正保改定之図』『元禄改定之図』という表題になっている。
本図は、国絵図の写本というより、その文字情報を抽出して原本と同じになるようにおおまかに配置したものである。このため本図からは国絵図における絵画的な性質はいっさい失われている。あくまでも地誌の構成要素のひとつであって、それ以上でもそれ以下でもない。しかしこれを前提とすれば有用な史料であり、目的が地理情報を得ることであれば『正保武蔵国絵図』の代替して十分である。
各郡の正保年中改定図は以下のとおりである。コマ番号のリンクはビューアの該当コマへの直接のリンクである。
| 巻 | 写本 | 大日本地誌大系 | 内容 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 冊 | コマ | 巻 | コマ | ||
| 9 | 10 | 12 | 5 | 103 | 豊島郡 |
| 20 | 21 | 21 | 5 | 192 | 葛飾郡 |
| 39 | 40 | 12 | 6 | 122 | 荏原郡 |
| 58 | 59 | 13 | 7 | 58 | 橘樹郡 |
| 73 | 73 | 8 | 8 | 8 | 久良岐郡 |
| 81 | 80 | 10 | 8 | 84 | 都筑郡 |
| 89 | 87 | 36 | 8 | 150 | 多磨郡 |
| 129 | 129 | 8 | 11 | 25 | 新座郡 |
| 135 | 134 | 29 | 11 | 65 | 足立郡 |
| 156 | 155 | 4 | 12 | 78 | 入間郡 |
| 176 | 175 | 12 | 13 | 46 | 高麗郡 |
| 186 | 184 | 13 | 13 | 117 | 比企郡 |
| 196 | 193 | 7 | 14 | 31 | 横見郡 |
| 199 | 195 | 29 | 14 | 47 | 埼玉郡 |
| 219 | 215 | 7 | 15 | 47 | 大里郡 |
| 222 | 217 | 7 | 15 | 68 | 男衾郡 |
| 226 | 220 | 8 | 15 | 94 | 幡羅郡 |
| 230 | 223 | 10 | 15 | 120 | 榛沢郡 |
| 235 | 227 | 6 | 15 | 155 | 那賀郡 |
| 238 | 229 | 9 | 15 | 165 | 児玉郡 |
| 243 | 233 | 7 | 35 | 26 | 加美郡 |
| 246 | 235 | 25 | 35 | 39 | 秩父郡 |
(8) 元禄改定図
『元禄年中改定図 (元禄年中改定圖)』は、『 新編武蔵国風土記稿・新編相模国風土記稿』における『元禄武蔵国絵図』である。

上に示したのは秩父郡の (『正保年中改定図』、および)『元禄年中改定図』である (『元禄年中改定図』は左)。『元禄年中改定図』はこのように郡ごとに分割され、各郡の冒頭「図説」に『正保年中改定図』・『今考定図』とともに収録されている。なお、この高麗郡と秩父郡のみ『正保改定之図』『元禄改定之図』という表題になっている。
『正保年中改定図』と同様に、本図は国絵図の写本というより、その文字情報を抽出して原本と同じになるようにおおまかに配置したものである。このため本図からは国絵図における絵画的な性質はいっさい失われている。あくまでも地誌の構成要素のひとつであって、それ以上でもそれ以下でもない。しかし地理情報を得る目的であれば『元禄年中改定図』で十分であり、特に現存を確認できない『元禄武蔵国絵図』の代替として貴重な史料である。
各郡の元禄年中改定図は以下のとおりである。コマ番号のリンクはビューアの該当コマへの直接のリンクである。
| 巻 | 写本 | 大日本地誌大系 | 内容 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 冊 | コマ | 巻 | コマ | ||
| 9 | 10 | 14 | 5 | 104 | 豊島郡 |
| 20 | 21 | 23 | 5 | 193 | 葛飾郡 |
| 39 | 40 | 14 | 6 | 123 | 荏原郡 |
| 58 | 59 | 15 | 7 | 59 | 橘樹郡 |
| 73 | 73 | 10 | 8 | 9 | 久良岐郡 |
| 81 | 80 | 12 | 8 | 85 | 都筑郡 |
| 89 | 87 | 39 | 8 | 152 | 多磨郡 |
| 129 | 129 | 9 | 11 | 26 | 新座郡 |
| 135 | 134 | 32 | 11 | 67 | 足立郡 |
| 156 | 155 | 6 | 12 | 79 | 入間郡 |
| 176 | 175 | 13 | 13 | 47 | 高麗郡 |
| 186 | 184 | 15 | 13 | 118 | 比企郡 |
| 196 | 193 | 9 | 14 | 31 | 横見郡 |
| 199 | 195 | 31 | 14 | 48 | 埼玉郡 |
| 219 | 215 | 9 | 15 | 47 | 大里郡 |
| 222 | 217 | 9 | 15 | 68 | 男衾郡 |
| 226 | 220 | 10 | 15 | 94 | 幡羅郡 |
| 230 | 223 | 12 | 15 | 121 | 榛沢郡 |
| 235 | 227 | 8 | 15 | 156 | 那賀郡 |
| 238 | 229 | 11 | 15 | 166 | 児玉郡 |
| 243 | 233 | 9 | 35 | 27 | 加美郡 |
| 246 | 235 | 26 | 35 | 40 | 秩父郡 |
(9) 天保武蔵国絵図
『天保武蔵国絵図』は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち武蔵国のものである。冒頭で言及したとおり、『天保武蔵国絵図』は国立公文書館に勘定所旧蔵が現存し、『天保国絵図武蔵国』(#764171) としてオンライン公開されている。
紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2。
『天保武蔵国絵図』は大きさが東西 537cm × 南北512cm で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。
本図は文字の擦れや塗料の剥離が多く、また折り目で裂けた部分やその補修跡も目立つ。事故による破損や経年劣化ではなく、幕府のお膝元として頻繁に参照されたためだろう。
注釈
(10) 一覧
(11) 変更履歴
内容
:
- 『正保武蔵国絵図』(国文学研究資料館所蔵) の記事を追加した。
- 正保年中改定図・元禄年中改定図の記事を『国絵図と国界』から移設・追補した。
- 京都府立京都学・歴彩館所蔵の松平乗命旧蔵(写) を一覧に追加し、『正保武蔵国絵図』(松平乗命旧蔵) の記事を追補した。
- 『正保武蔵国絵図』(中川忠英旧蔵)・『同』(東京市史稿所収) の記事を若干、追補した。
- 『日本六十余州国々切絵図』の記事を若干、追補した。
:
- 中川忠英旧蔵・松平乗命旧蔵の各記事のタイトルをそれぞれ「正保武蔵国絵図 (中川忠英旧蔵)」「正保武蔵国絵図 (松平乗命旧蔵)」に変更し、さらに後者については東京市史稿所収の部分を「正保武蔵国絵図 (東京市史稿所収)」として分離の上で若干追補した。
:
- 『日本六十余州国々切絵図』の記事を追加し、また外観を示した。
:
- 導入文を追加し、概要を追補した。
- 『国と国界』にあった中川忠英旧蔵・松平乗命旧蔵の記載を整理の上でここに移し、また外観を示した。
:
- 『天保武蔵国絵図』について外観を示した。
:
- 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。
:
- 新規作成。

