オンラインで参照できる近江国絵図 (近江国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。

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(1) 概要

近江国は東山道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保近江国絵図』は紅葉山文庫旧蔵 (#764297) が現存・オンライン公開されている。

Fig.837 天保近江国絵図 (国立公文書館所蔵)
(2) 日本六十余州国々切絵図

『日本六十余州国々切絵図 (余州図)』は、秋田県公文書館に 68国のすべてが現存し、秋田県公文書館デジタルアーカイブで公開されている。『日本六十余州国々切絵図』の通称も同館のものによる。『余州図』についての一般論は『6. 寛永国絵図・日本六十余州国々切絵図』を参照。

Fig.989  日本六十余州国々切絵図 近江国 (T1-66『〔近江国絵図〕』・岡山大学池田家文庫所蔵)

上に示したのは『〔近江国絵図〕』(T1-66) で、岡山大学 絵図公開データベースシステムで公開され、大きさは東西 117.4cm × 南北 160.1cm である。ほかに秋田県公文書館デジタルアーカイブでは『日本六十余州国々切絵図 近江国』が公開され、大きさは東西 115cm × 南北 161cm である。

(3) 近江国[中山道図]

京都大学貴重資料デジタルアーカイブで公開されている『日本六十余州国々切絵図 (余州図)』は、「畿内図」「東海道図」「中山道図」「北陸道図」「山陰道図」「山陽道図」「南海道図」「西海道図」に分類されている。これはもともと五畿七道ごとに包紙 (と思われるもの) で分けて保存されていたためとみられ、その包紙には、たとえば東海道であれば「東海道図 十五幅 (東海道圖 十五福)」と記された題簽が貼られている。またこれとは別に「旧中井家図書第五九号 (舊中井家圖書第五九號)」と記載され、「五九」の部分が「六六」に訂正された題簽も貼られており、これはすべての包紙で同じ内容だが、訂正とは別に「地ノ一ノ二」の形式で朱記があり、この「二」の部分は畿内図を「一」とする通番になっている。

そのうち「中山道図」については、包紙には正しく「東山道図 八幅 (東山道圖 八幅)」」と記されていることから、目録における記載誤りと思われる。なお包紙 (と思われるもの) は、五畿七道それぞれの一般的な配列で 1番目となる国 (京にもっとも近い国) に含められている。

また同じ「中山道図」(『東山道図』) のうち、『近江国[中山道図]』 は、ほかの 7国とは様式の異なる国絵図であり『余州図』ではない。

FFig.988 近江国[中山道図] (京都大学附属図書館所蔵・貴重資料デジタルアーカイブ公開)

表紙 (裏書) も形式が異なり、たとえば飛騨国であれば「飛騨国 三 (飛騨國 三)」のように「中山道図」(『東山道図』) 内の通番も記載されているが、本図ではただ「近江国 (近江國)」とだけある。また題簽とは別に「近江一国」の記載があり、「延宝七未夏写之」と付記されている。『余州図』としての『近江国[中山道図]』は見当たらないので、何らかの要因で混入したのだろう。

大きさは東西 100cm × 南北 142cm、本図の様式をまとめれば以下のようになる。

城下後述。
古城なし。
オブジェクトは不定形の楕円。真円に近いものがあるほか、大津など湖岸に沿って変形しているものもある。枠はなく黄に彩色、村名は接尾辞なし・異体字を含む仮名漢字交じりの表記。村高の記載はないが、原本が下図 (下絵図) または控図によるためか、写本における省略と考えられる。
宿駅区別はない。
見出し短冊形・朱枠・無彩色 (地色)、郡名だけを中に記載し、外 (下) に郡高・村数を記載。
境界 (郡界)渋味のある赤紫 (梅紫) の太線。
街道朱線、一里塚なし、道程記載なし。本道・脇道の区別なし。
航路n/a
国界 (国境)国境 記載すべての峠にあり、街道が近江国を出た付近に朱の丸印があって、ほとんどが地点として「美濃境」を示した上で「近江藤川村ゟ美濃内玉村ヘ出ル 𛁈゙𛃝うへ𛁈゙𛃝う村ゟ境目壱里余 境め美濃の関ケ原へ一里也」※1のような説明を加える形式で、多くの地点で「本道藤川越」といった峠の名称を付記する。一部それら地点の間にも記載がある。
隣国 色分けなし。
方角記載東西南あり、北はあるべき箇所の地色が異なっていることから原本では欠けている箇所をそのままに模写したものか。
川幅記載なし。
目録なし。

上にまとめたように、本図は郡の見出しや村のオブジェクトなどに慶長国絵図やそれに次ぐ古い時期の国絵図の様式を残している一方、国境記載については徹底しているという、寛永国絵図の特徴を有している。国全体や琵琶湖の形状は不正確でバランスも悪く、次の『正保近江国絵図』の系統ではないことは明らかで、長方形に近い国の形状などは『余州図』に類似する。

以上からいえば本図は『寛永近江国絵図』であることが示唆される。しかし問題と感じられるのは、本図に「小谷城」・「𛀕𛁷𛂢の城」(音羽城)・「和山城」※2・「箕作城」・「観音城」(観音寺城) の各城が存在し、安土城にあたる位置にも城名が書かれている※3ことで、寛永国絵図であるのならこれらはすべて「古城」か「○○古城」(固有名詞を書く場合) でなければならない。

もっとも、これらは明らかに琵琶湖の東側に偏っており、しかも小谷城を除けば蒲生郡に集中する。また山や峠と同様に、背景となる自然描写に文字で記載されているだけで、特定のオブジェクトや記号で表現されているわけでもない。どれも基本的に戦国~織豊期の城であり、『余州図』に「古城」として表現されているのは小谷城・観音城 (観音寺城) に限られる。ただし『余州図』には彦根城下が存在し、付近に佐和古城が存在するものの、本図では「佐和山」とある村のオブジェクトに佐和城の付記があり、彦根城下は存在しない。彦根城の完成は元和8年(1622) である。

なお郡見出しの枠外に記載された郡高は、甲賀・野洲・神崎郡の 3郡でそれぞれ「七万五千四百四拾九石三ノ四」「六万千百十八石八ノ一」「四万七千百卅五石六ノ九」とある。分数表記にも見えるものの、「三‏ノ四」「六ノ九」は 1石以上であり、なぜそうしているのかわからない。いずれにせよ、近江国の江戸前期の国郡高は明らかではなく、本図の性質を記載されている石高から特定することも難しい。

注釈
^ ※1: 空白は本稿で加えた。「𛁈゙𛃝うへ𛁈゙𛃝う村 (上平城村)」は上平寺村のことと思われる (中世の古跡がある)。
^ ※2: 「佐和山城」ではない。箕作城に隣接して東にある。
^ ※3: 「安土」の 2文字ではなく 1文字で書かれているが、別名は知られず、文字を断定しづらい。
(4) 正保近江国絵図 (滋賀県立図書館所蔵)

滋賀県立図書館には『正保近江国絵図』が現存し、『[近江国絵図写]』(#121040315) および『[近江国]古御絵図[写]』(#121040323) として管理されている。これは一般の図書検索で見つかるもので、書誌情報は以下のとおりである。

資料番号請求番号タイトル大きさ※1一般注記
1210403151-M000-17[近江国絵図写]東西 346cm × 南北 534cm正保2年(1645)年, 元禄10年(1697)6月写, 郡村別石高
1210403231-M000-18[近江国]古御絵図[写]東西 322cm × 南北 527cm正保2年

滋賀県立図書館には『近江デジタル歴史街道』というデジタルギャラリーが存在するが、そこでは両図はオンライン公開されておらず、情報も含まれない (目録としての機能はないとみられる)。

『特別展 近江八景 湖国風景画の成立と展開』(1988) の解説によれば※2、一方は「正保弐酉年之御留絵図也」と記載された貼紙が裏面にあって、直接の控図であり、他方は「御借被成写留、此絵図を以変地相改、新絵図仕立候」と記載された貼紙が裏面にあって、『元禄近江国絵図』作成にあたって幕府から借用の上、元禄10年(1967) 6月に写されたものである。これを滋賀県立図書館の書誌情報にある「一般注記」と対照すると、#121040315 が写しで、#121040323 が控図である。しかし『近江八景』は分類番号が「S00別17」であるものを控図、「S00別18」であるものを写しとし、この「分類番号」は「請求番号」と対応関係にあることから※3、この場合は #121040315 (1-M000-17) が控図、#121040323 (1-M000-18) が写しである。資料名からいっても #121040323 の『[近江国]古御絵図[写]』は新御絵図 (=元禄国絵図) を前提とする名称である。滋賀県立図書館の書誌情報には何らかの混乱があるのではないだろうか※4

写しのほうは、『五個荘町史 第4巻2 地名と景観』(1993)に 1ページ大で、『湖北の絵図 長浜町絵図の世界』(1987)に 1/2ページ大で掲載され、外観は確認できる。当然ながら文字は判読できない。なお、それぞれ原本の大きさを東西 334.7cm × 南北 531.5cm、および東西 337cm × 南北 534cmとし、どちらも写しとしていることから書誌情報のうち、大きさと一般注記の組み合わせは正しいようである (書誌情報でも大きさ東西 346cm × 南北 534cm が写し)。

注釈
^ ※1: 数値が東西・南北のどちらかは本稿で判断した。
^ ※2: 『天保近江国絵図』の解説、担当は太田浩司。本図録 (および図録が対象とする特別展) に『正保近江国絵図』は含まれない。
^ ※3: 分類番号は『正保近江国絵図』・『元禄近江国絵図』『天保近江国絵図』で S00別17~22、請求番号は 1-M000-17~22。
^ ※4: 一般注記の誤記「正保2年(1645)年」のほか、『元禄近江国絵図』『天保近江国絵図』には大きさの記載誤りもあって不安を感じる。
(5) 松平乗命旧蔵

国立公文書館所蔵、松平乗命旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国絵図』) にも近江国のものが含まれ、現存する (#725201)。やはりオンラインでは公開されていない。

この松平乗命旧蔵の国絵図群には、松平乗命から明治政府へ渡る前後 (明治5~6年(1872~1873))に、京都府が一式を借用して忠実に模写したものも存在し、京都府立京都学・歴彩館に現存、館古044: 国絵図という一群で管理されている。その『近江国絵図』もオンラインでは公開されていないが、目録は国立公文書館デジタルアーカイブよりも充実し、郡高が記載されている。

しかし、『余州図』で言及したように、近江国の江戸前期の国郡高は明らかではなく、本図の性質を記載されている石高から特定することは難しい。また本図の郡高は志賀 (滋賀) 郡・浅井郡が欠け、完全にはわからない。

京都府立京都学・歴彩館の写本は、大きさ東西 299.5cm × 南北 339.5cm で※1、国立公文書館所蔵の原本については情報を得られないが、基本的に京都府立京都学・歴彩館の写本はそのままの大きさで写しているので、同程度の大きさと考えることができる。

注釈
^ ※1: 数値が東西・南北のどちらかは本稿で判断した。
(6) 元禄近江国絵図 (滋賀県立図書館所蔵)

滋賀県立図書館には『元禄近江国絵図』も 2枚が現存し、一方は『近江国絵図』(1-M000-20)として『近江デジタル歴史街道』でオンライン公開されている。

本図の大きさは東西 342cm × 南北 542cm で※2、余白部分 (畾紙) に存在する目録の奥書には元禄14年(1701) 2月の日付 (『元禄十四辛巳年二月』) と井伊掃部頭・本多隠岐守・鳥居播磨守の名前が記されている。

画像データとしては 20,296 × 30,118ピクセルと十分な大きさで、また圧縮率を押さえた高品質であり、細部に渡って内容を検討できる。なおほかの 6つのファイルは合成前のもとのみられ、解像度は変わらない。

もう一方の『近江国絵図』(1-M000-19) はオンラインでは公開されていない。『特別展 近江八景 湖国風景画の成立と展開』(1988) の解説によれば※1、「此絵図を以窺候処、此通仕立申様ニ与被仰渡候ニ付、無相違御清絵図仕立候故、此絵図面、留ニ用置候」と記載された貼紙が裏面にあるといい、この絵図をもって確認したところ、許可が下りたのでそのままの内容で清書絵図を作成し、この絵図自体は控図として残した、ということがわかる。

本図は『湖北の絵図 長浜町絵図の世界』(1987)に 1/2ページ大で掲載され、外観は確認できる。当然ながら文字は判読できない。大きさは滋賀県立図書館の書誌情報には「546×534cm」とあるが、明らかにおかしい。『長浜町絵図の世界』によれば東西 347.6cm × 南北 533.8cm である※2

注釈
^ ※1: 『天保近江国絵図』の解説、担当は太田浩司。本図録 (および図録が対象とする特別展) に『正保近江国絵図』は含まれない。
^ ※2: 数値が東西・南北のどちらかは本稿で判断した。
(7) 元禄近江国絵図 (国立公文書館所蔵)

元禄国絵図は国立公文書館に多く現存し、下総・常陸・日向・薩摩・大隅が正本、五畿 (大和・山城・河内・和泉・摂津) とその周囲である近江・丹波・播磨が写本である (令制国 68国ではないものを除く)。

Fig.889 元禄近江国絵図 (国立公文書館所蔵)

『元禄近江国絵図』も写本であり、全体的に背景となる自然描写は多くで省略され、彩色も淡泊な印象がある。しかし背景を除く記述に過不足はないように見受けられ、実用には十分だったようだ。

本図の大きさは東西 343cm × 南北 516cm で、余白部分 (畾紙) にある目録の奥書には滋賀県立図書館所蔵と同様に、元禄14年(1701) 2月の日付 (『元禄十四辛巳年二月』) と井伊掃部頭・本多隠岐守・鳥居播磨守の名前が記されている。

(8) 元禄近江国絵図 (聖心女子大学図書館所蔵)

聖心女子大学図書館ではデジタルギャラリーでまとまった量の国絵図をオンライン公開している。同館の『所蔵絵図・古文書目録』によれば、城下町絵図・その他と合わせて「聖心女子学院高等専門学校旧蔵」か「武島又次郎教授旧蔵」で後者の占める比率が高いとのことだが、個々の国絵図がどちらなのかは明示されていない。同目録は「すべて同じ筆致」「かなり後世の写し」とし、見る限りは 1枚の大判の洋紙を使用している。このデジタルギャラリーに『近江国地図』として『元禄近江国絵図』の写しが含まれる。

Fig.888 元禄近江国絵図 (『近江国地図』・聖心女子大学図書館所蔵・デジタルギャラリー公開)

本館所蔵の国絵図は、村を小さな円であらわし名称をその外に書く形式がほとんどだが、本図はその例外で、滋賀県立図書館の控図や国立公文書館の写本と同じ様式を踏襲している。自然描写のうち山陵は線だけで表現されているが、国立公文書館所蔵のように省略はされていない。一方、村をあらわすオブジェクト (小判形) には村名のみで村高は省略され、一里塚も見当たらない。

前述のように本館所蔵の国絵図には大判の洋紙が使用され、薄紙に転写されたものが裏打ちされているか、または洋紙の上に原本の紙の継ぎ目も含めて模写されている。本図の場合、それが多重になっているように見えるが、この点も含めて詳細には現物を検討する必要がある。

大きさは 東西 158cm × 南北 258.5cm で、実際より半分ほどに縮小されている。目録は省略されずに余白部分 (畾紙) にあり、奥書には滋賀県立図書館所蔵と同様に、元禄14年(1701) 2月の日付 (『元禄十四辛巳年二月』) と井伊掃部頭・本多隠岐守・鳥居播磨守の名前が記されている。

(9) 天保近江国絵図 (国立公文書館)

冒頭で言及のとおり、『天保近江国絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵 (#764297) が現存・オンライン公開されている。

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった書庫、勘定所は勘定奉行を長とする役所であり、したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照目的のために納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保近江国絵図』は東西 337cm × 南北 511cm、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) 5月の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。天保国絵図一般については『9. 天保国絵図』を参照のこと。

注釈
^ ※1: 「紅葉山文庫」はほかの各種用語と同様、近代以降の俗称・学術用語。近世は主に「御文庫」と呼ばれ、「官庫」とも呼ばれた。
^ ※2: 『紅葉山文庫』(1980)
(10) 天保近江国絵図 (滋賀県立図書館所蔵)

滋賀県立図書館には『天保近江国絵図』も現存し、『近江国絵図』(1-M000-21)として『近江デジタル歴史街道』でオンライン公開されている。

Fig.990 天保近江国絵図 (『近江国絵図』・滋賀県立図書館所蔵)

大きさは東西 332cm × 南北 506cm で※1、余白部分 (畾紙) にある目録の奥書には天保8年(1837) 11月 (『天保八年丁酉年十一月』) が記載され、名前は記されていない。

天保国絵図は、幕府から提供された元禄国絵図の分割写本に薄紙 (懸紙) を重ねて修正内容を記載し、提出するという方法が採用された。このため国許に残された控図は厳密にそのままの形態であることが多い。天保8年(1837) 11月の日付が入っていることと、見る限りは 1枚に仕上がっていることから、本図は別途国許に残すために作成された控図と考えられる。

もう一方の『近江国絵図』(1-M000-22) はオンラインでは公開されていない。『特別展 近江八景 湖国風景画の成立と展開』(1988) の解説によれば※2、村高の記載がないといい、『近江国絵図』(1-M000-21) の写しと推定されている。大きさは滋賀県立図書館の書誌情報には「332×306cm」とあるが、おそらく数値のどちらかが間違っている。

注釈
^ ※1: 数値が東西・南北のどちらかは本稿で判断した。
^ ※2: 『天保近江国絵図』の解説、担当は太田浩司。本図録 (および図録が対象とする特別展) に『正保近江国絵図』は含まれない。
(11) 一覧

『凡例』

種別解像度参照名称等
所蔵・公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照日本六十余州国々切絵図 近江国 (#15726)
秋田県公文書館 デジタルアーカイブ
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照〔近江国絵図〕 (T1-66)
岡山大学 絵図公開データベースシステム 公開
寛永村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照近江国[中山道図]
京都大学 貴重資料デジタルアーカイブ 公開
正保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照 [近江国絵図写] (#121040315)
滋賀県立図書館 所蔵
正保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照 [近江国]古御絵図[写] (#121040323)
滋賀県立図書館 所蔵
不明オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照松平乗命旧蔵
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
不明オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照松平乗命旧蔵(写)
歴史資料アーカイブ 公開 (京都府立京都学・歴彩館 所蔵)
元禄村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照#764296
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
元禄オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照近江国絵図 (1-M000-19)
滋賀県立図書館 所蔵 近江デジタル歴史街道
元禄村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照近江国絵図 (1-M000-20)
滋賀県立図書館 所蔵 近江デジタル歴史街道
元禄村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照近江国地図
聖心女子大学図書館 デジタルギャラリー 公開
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照紅葉山文庫旧蔵 (#764297)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照近江国絵図 (1-M000-21)
滋賀県立図書館 所蔵 近江デジタル歴史街道
天保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照近江国絵図 (1-M000-22)
滋賀県立図書館 所蔵 近江デジタル歴史街道
(12) 変更履歴

2026.04.12:

2026.02.18:

2026.02.11:

2026.02.04:

2026.01.31:

2026.01.02: