ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、陸奥国仙台領絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。
概要
陸奥国は五畿七道のうち東山道に属する国である。そのうち仙台領※1を描いた国立公文書館所蔵の『天保陸奥国仙台領絵図』は勘定所旧蔵が現存し、『天保国絵図陸奥国仙台』(#763925) としてオンライン公開されている。

範囲は陸奥国 宇多郡 (北部)、および亘理郡・刈田郡・伊具郡・柴田郡・名取郡・宮城郡・黒川郡・賀美郡・玉造郡・志田郡・遠田郡・栗原郡・登米郡・牡鹿郡・桃生郡・本吉郡・気仙郡・磐井郡・胆沢郡・江刺郡の 20郡である。陸奥国の郡の変遷と近代の分置 (分割) については『陸奥国と出羽国』を参照のこと。
陸奥国 仙台領の国絵図は、現存状況がきわめて良好で、作成に関係する資料のほか、境界確認図など副次的に準備された絵図も含めてふんだんに残されている。これには宮城県図書館によるところが大きく、また高解像度でオンライン公開している点も高く評価されるべきである。
非常に残念なのは仙台市博物館の『正保陸奥国仙台領絵図』(『奥州仙台領国絵図』) の解像度・画質が不十分なところで、これが宮城県図書館と同様の解像度であれば、正保・元禄・天保で系統的な検討が可能となるので惜しまれる。
注釈
正保陸奥国仙台領絵図 (中川忠英旧蔵)
『正保陸奥国仙台領絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 3番目、正保年間(1644~1648) から慶安年間(1648~1652) にかけて作成された正保国絵図のうち陸奥国 仙台領のものである。国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には陸奥国 仙台領のものが含まれ、これが『正保陸奥国仙台領絵図』にあたる。本図は分割され、うち3枚 (#714349 #714178
#714316) が現存・オンライン公開されている。

中川忠英旧蔵の国絵図群のうち陸奥国・出羽国については、近代初期の分置に基づいて組み替えられているため、本来の組み合わせがわかりづらい。これについては『中川忠英旧蔵の本来の組み合わせ』を参照のこと。
本図の余白部分 (畾紙) に目録があり、貫高で国郡高が示されている。これを『正保陸奥国仙台領郷帳』※1の郡高と比較すれば以下のようになる。
| 郡 | 本図 | 正保陸奥国 磐城 |
|---|---|---|
| 江刺郡 | 2,902.879貫※2 | 2,902.879貫※3 |
| 伊沢郡 | 5,187.366貫※4 | 5,187.366貫※5 |
| 磐井郡 | 6,466.650貫※6 | 6,466.650貫※7 |
| 気仙郡 | 1,406.415貫※8 | 1,406.415貫※9 |
| 元良郡 | 1,654.149貫※10 | 1,654.149貫※11 |
| 桃生郡 | 2,152.948貫※12 | 2,152.948貫※13 |
| 小鹿郡 | 590.930貫※14 | 590.930貫※15 |
| 登米郡 | 1,991.883貫※16 | 1,991.883貫※17 |
| 栗田郡※18 | 8,869.186貫※19 | 8,869.186貫※20 |
| 遠田郡 | 3,384.018貫※21 | 3,384.018貫※22 |
| 志田郡 | 3,189.451貫※23 | 3,189.451貫※24 |
| 玉造郡 | 1,932.142貫※25 | 1,932.142貫※26 |
| 加美郡 | 2,701.440貫※27 | 2,701.440貫※28 |
| 黒川郡 | 3,413.523貫※29 | 3,413.523貫※30 |
| 宮城郡 | 5186.948貫※31 | 5186.948貫※32 |
| 名取郡 | 4,852.952貫※33 | 4,852.952貫※34 |
| 曰理郡 | 1,729.873貫※35 | 1,729.873貫※36 |
| 宇多郡 | 558.201貫※37 | 558.201貫※38 |
| 伊具郡 | 2,892.785貫※39 | 2,892.785貫※40 |
| 柴田郡 | 2,167.900貫※41 | 2,167.900貫※42 |
| 刈田郡 | 2,179.449貫※43 | 2,179.449貫※44 |
| 総計 | 65,411.088貫※45 | 65,411.088貫※46 |
上記のとおり、本図の国郡高はすべて『正保陸奥国仙台領郷帳』と一致し、郡名の表記も変わらない (本吉郡・亘理郡が「元良郡」「曰理郡」であるなど)。様式は正保国絵図の標準で、中川忠英旧蔵に含まれるほかの正保国絵図と共通である。村をあらわすオブジェクトには村名だけが記載され、村高は省略されている。全域が仙台藩領であるため、支配関係の「いろは」記号も付されていない。
注釈
正保陸奥国仙台領絵図 (仙台市博物館所蔵)
仙台市博物館にも『正保陸奥国仙台領絵図』が現存し、『奥州仙台領国絵図』として収蔵資料データベースでオンライン公開されている。
本図は、画像データとしては 1,075 × 1,600ピクセルで文字の判読はできない。また色の調整も適切とはいえない状況にある。一方で、本図は『復刻 仙台領国絵図』(2000)および『仙台市史 資料編2 近世1 藩政』(1996)に収録され、詳細に内容を確認することができる。これらによれば、本図は前項中川忠英旧蔵と同一の国絵図であり、余白部分 (畾紙) に存在する目録に貫高で記載された国郡高も一致する。
大きさは東西 517cm × 南北 837cmで、『元禄陸奥国仙台領絵図』の作成に当たって幕府から貸与を受け、描き写されたものと推定されている。かなり忠実に模写されたとみられ、緻密さは正本と変わらないものと想像される。
元禄陸奥国仙台領絵図 (宮城県図書館所蔵)
『元禄陸奥国仙台領絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 4番目、元禄年間(1688~1704) に作成された元禄国絵図のうち陸奥国 仙台領のものである。『元禄陸奥国仙台領絵図』は『〔仙臺領國繪圖〕』(#57673)、および『〔仙臺領國繪圖〕』(#61089)・『同』(#61090)・『同』(#61091)として宮城県図書館に現存し、叡知の杜Webでオンライン公開されている。
〔仙臺領國繪圖〕(#57673) は国許に残された控図で、元禄14年(1701) に再提出した際に作成された。 宮城県図書館所蔵
叡知の杜Web公開)

本図の大きさは東西 516cm × 841cm※1である。余白部分 (畾紙) の目録は、「陸奥国仙台領高都合并郡色分目録 (陸奥國仙臺領高都合并郡色分目録)」を表題として、郡名・郡高・村数の一覧の色見本が記載され、国高は600,000石 (『髙都合六拾万石』) 、奥書には元禄12年(1699) 8月の日付 (『元禄十二巳卯年八月』) と松平陸奥守の名前が記されている。また国高は石高で と記載されている。
本図は背景となる自然描写も含めて緻密に描かれ、正本同等に作成されている。保存状態もよく、取り扱いの誤りによって生じる破損も見受けられないが、全体的に折り目付近の摩耗が強く、村のオブジェクトに施された郡ごとの彩色は、剥離によって判読できなくなったものが多い。またこれは顔料の性質に依存すると思われ、郡によっては一部を残してほとんどの村の文字が失われている。画像データとしては 9,735 × 15,854ピクセルあり、これはほかの多くの国絵図では十分な大きさといえ、広大な陸奥国 仙台領でも村名まで読み取れる。しかし国境記載などもっとも小さな文字となると判読が難しい。圧縮率は抑えられ、高品質である。
〔仙臺領國繪圖〕(#61089~61091) は元禄12年(1699) にいったん完成し、幕府に提出された 2枚とその控図 1枚である。

裏書 (解説では『表書き
』) によれば清書は「一様に
」行ったとあって、どれも緻密で美しく、提出された 2枚とその控図 1枚といってもどれがどれなのかはわからない。興味深いのは背景となる自然描写が三者三様であることで、山陵や樹林帯には清書を担当した絵師たちの個性や使用する顔料の違いがあらわれているようである。
大きさはすべて 東西 535cm × 南北 888cmと目録に記載されている。3枚の位置づけから同じ大きさで作成されたのは確かだが、100枚以上の和紙をつなぎ合わせたものである以上、まったく同じというのはやや疑問ではある。画像データとしては順に 18,558 × 30,000ピクセル、19984 × 31967ピクセル、および 18679 × 30,000ピクセルの高解像度・高品質で、文字は筆致まで確認できる。
この3枚 (#61089~61091) を再提出控図である〔仙臺領國繪圖〕(#57673) と比較した場合、目立つのは再提出控図における国境情報の増加である。3枚の国境情報は街道が通過する峠に限られるのに対し、再提出控図では、その間の尾根筋に存在する、名称が与えられた山々のすべてに記載が追加されている。また隣国色別に注目すると、3枚では「奥州之内 岩城領 (奥州之内岩城領)」「奥州之内 白川・福島・二本松・三春領 (奥州之内白川福嶋二本松三春領)」とあるものが、再提出控図では「奥州之内 磐城・棚倉・相馬領 (奥州之内岩城棚倉相馬領)」「奥州之内 福島領 (奥州之内福嶋領)」に見直されている。ただし「奥州之内」の略記は見逃され、これは『天保陸奥国仙台領絵図』でようやく「陸奥国 磐城・棚倉・相馬領 (陸奥國岩城棚倉相馬領)」「陸奥国 福島領 (陸奥國福嶋領)」に改められた。出羽国各領についての「羽州之内」表記も同じである。
また出羽国 新庄領との国界は、3枚では南北にほぼ直線状に描かれているが、再提出控図 (#57673) ではV字に切り込まれ、陸奥国 仙台領のほうへ後退している。このほか隣国色別のうち出羽国 山形領のものは、茶系統から再提出控図では濃い灰色に変更されている。
注釈
元禄陸奥国仙台領絵図 (仙台市博物館所蔵)
仙台市博物館にも 2種類の『元禄陸奥国仙台領絵図』が現存し、『陸奥国仙台領国絵図』(#2151)、および『陸奥国仙台領国絵図』(#2152) として収蔵資料データベースでオンライン公開されている。
陸奥国仙台領国絵図 (#2151)は、解説によれば、宮城県図書館所蔵のうち〔仙臺領國繪圖〕(#57673)と同じ再提出控図である。

大きさは東西 529.7cm × 南北 847.8cmで、本図のほうが状態は良好に見える。画像データとしては jmapps.ne.jpドメインには珍しく 6,138 × 10,000 ピクセルと大きい。とはいえ、なお不十分であって、類推すれば村名の文字が判読できる程度である。また圧縮率は高く、JPEG特有の歪みで本来の繊細な描写は損なわれている。
陸奥国仙台領国絵図 (#2152)は、解説によれば、元禄14年(1701) に再提出した際に返却された「元禄12年に幕府に献上した絵図2鋪
」のうちのひとつであるという。 仙台市博物館所蔵)

しかし言及されている国絵図は、宮城県図書館所蔵のうち〔仙臺領國繪圖〕(#61089~#61091) のはずである。また本図の国境記載は再提出控図である〔仙臺領國繪圖〕(#57673) と同じで、すでに追記は完了している。これについて解説は「元禄14年提出絵図で修正した記載を返却後に加筆したとみられる
」とするものの、隣国色別に記載されている内容もすべて再提出控図と変わらず、胡粉や付箋 (懸紙) で修正されたような形跡も見当たらない。さらに出羽国 新庄領との国界も再提出控図と同じであり、これは単純な修正では改めることはできない。出羽国 山形領の隣国色別も同様である。
したがって本図は返却されたものに加筆したようなものではなく、あくまでも再提出のために作成されたもののひとつであるといえる。史料は現在 9分割され、それぞれ裏打ち補修されている。解説によれば 1分割あたり東西 183.0cm × 南北 291.0cmとあるので、もとはおおむね東西 549cm × 南北 873cmだったとみられる。画像データとしては 6,600前後 × 10,000ピクセルであり、『陸奥国仙台領国絵図』(#2151) と変わりない。しかし『陸奥国仙台領国絵図』(#2151) は全体がこの大きさであるのに対して、本図は 9分割されている 1分割あたりがこの大きさなので、これが幸いして結果的に文字の判読に十分な解像度になっている。しかし圧縮率は高く、やはり本来の繊細な描写が損なわれているのは残念に感じられる。
天保陸奥国仙台領絵図
『天保陸奥国仙台領絵図』は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち陸奥国 仙台領のものである。冒頭で言及したとおり、『天保陸奥国仙台領絵図』は国立公文書館に勘定所旧蔵が現存し、『天保国絵図陸奥国仙台』(#763925) としてオンライン公開されている。
紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2。
『天保陸奥国仙台領絵図』は大きさが東西 523cm × 南北 748cm で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保九年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。
注釈
一覧
更新履歴
内容
:
- 外観とメニュー類をリニューアルした。
- 各記事について、説明を整理した。
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- 『元禄陸奥国仙台領絵図』(仙台市博物館所蔵) について外観を示した。
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- 『正保陸奥国仙台領絵図』(仙台市博物館所蔵)、『元禄陸奥国仙台領絵図』(宮城県図書館所蔵)、『同』(仙台市博物館所蔵)、および『天保陸奥国仙台領絵図』の記事を追加し、『元禄陸奥国仙台領絵図』(宮城県図書館所蔵) について外観を示した。
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- 中川忠英旧蔵の記事を追補し、また外観を示した。
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- 導入文を追加し、概要を追補した。
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- 『天保陸奥国仙台領絵図』について外観を示した。
- 『元禄陸奥国仙台領絵図』(『〔仙臺領國繪圖〕』) については、再確認のため外観の掲載をいったん取りやめた。
- 「てにをは」等、文章・表現を適宜見直した。
:
- 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。
- 同様に一覧表の備考に記載されていた記事を外に出して、表現などわかりづらいところを適宜、見直した。
- 『元禄陸奥国仙台領絵図』(『〔仙臺領國繪圖〕』) について外観を示した。
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- 新規作成。
