オンラインで参照できる陸奥国福島領絵図 (陸奥国のうち福島領※1の絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。
↓一覧へ移動| ^ ※1: | 国絵図における分割単位であるため、かならずしも藩領と一致するわけではない。 |
本図の範囲は陸奥国のうち信夫・伊達の 2郡である。陸奥国の郡の変遷と近代の分置については『陸奥国と出羽国』を参照のこと。
国立公文書館所蔵の『天保陸奥国福島領絵図』は紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、紅葉山文庫旧蔵 (#764239) がオンライン公開されている。

福島県立図書館には『元禄陸奥国福島領絵図』が『陸奥国福島領絵図』として現存し、デジタルライブラリーでオンライン公開されている。

本図は帯状に 4分割され、1枚あたりの大きさは 東西 54cm × 南北 192cm (見る限りすべて同じ大きさではないので、中間値か平均値と思われる)、それぞれに「陸奥国 福島領 四巻之壱 (陸奥國 福島領 四巻之壹)」などと裏書されている。村のオブジェクト (小判形) は無彩色で村名だけが記載されているが、その村名は余裕のある枠内の中央に置かれ、また隣国色分けは簡易的で縁取りだけされている。
天保国絵図は、幕府から提供された元禄国絵図の分割写本に薄紙 (懸紙) を重ねて修正内容を記載し、提出するという方法が採用された。本図は上記の形態から、このとき提供された元禄国絵図の分割写本か、修正指示済みのもの (天保国絵図としての下絵図) を同じ形態で写して保存した控図といえる。
『天保陸奥国福島領郷帳』(『天保陸奥国郷帳』の 4冊目) によれば、信夫郡では「新田野目村」に「古者荒田野目村」、伊達郡では「在市柳村」に「古者市柳村」とそれぞれ付記され、元禄郷帳・国絵図では「荒田野目村」「市柳村」だったことがわかる。そこで村名に着目すると、前者について『天保陸奥国福島領絵図』で「新田野目村」とある部分に本図では「荒田野目村」があり、後者については、天保国絵図で南北に「市柳村」「在市柳村」と並ぶ 2村は、本図ではどちらも「市柳村」である。したがって本図は『元禄陸奥国福島領絵図』の分割写本とわかる。なお『伊達町史 第3巻』(1992)によれば天和3年(1683) 市柳村が梁川藩領 (在市柳村) と幕府直轄領 (町市柳村) に二分されたといい、本図 (『元禄陸奥国福島領絵図』) では同名のまま分けて記載されたものが、『天保陸奥国福島領絵図』では名称の上でも分けて把握されるようになったようだ。
本図には、ほかの元禄国絵図の分割写本と同じように目録は省略されている。このため本図から直接的に国郡高や作成年・作成者の情報は得られない。
冒頭で言及のとおり、『天保陸奥国福島領絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、紅葉山文庫旧蔵 (#764239) がオンライン公開されている。
紅葉山文庫※1は江戸城内にあった書庫、勘定所は勘定奉行を長とする役所であり、したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照目的のために納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2。
『天保陸奥国福島領絵図』は東西 255cm × 南北 251cm、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。本図は水損による汚れが目立つ。幸い大部分が余白 (畾紙) であり、内容の読み取りに影響を与えていないが、基本的に状態が良好な天保国絵図にあっては残念なところである。天保国絵図一般については『9. 天保国絵図』を参照のこと。
| ^ ※1: | 「紅葉山文庫」はほかの各種用語と同様、近代以降の俗称・学術用語。近世は主に「御文庫」と呼ばれ、「官庫」とも呼ばれた。 |
| ^ ※2: | 『紅葉山文庫』(1980)。 |
→ 『凡例』
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