オンラインで参照できる陸奥国南部領絵図 (陸奥国のうち南部領※1の絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。

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注釈
^ ※1: 国絵図における分割単位であるため、かならずしも藩領と一致するわけではない。
(1) 概要

本図の範囲は陸奥国 和賀・ひえぬき・岩手・鹿づの九戸くのへ二戸にのへ三戸さんのへ・北の 10郡である。陸奥国の郡の変遷については『陸奥国と出羽国』を参照のこと。

Fig.832 天保陸奥国南部領図 (国立公文書館所蔵)

国立公文書館所蔵の『天保陸奥国 南部領絵図』は紅葉山文庫旧蔵 (#764242) が現存・オンライン公開されている。

(2) 正保陸奥国南部領絵図 (中川忠英旧蔵)

国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には陸奥国 南部領のものが分割された形式で含まれ、うち3枚 (#714351 ・ #714350 ・ #714242) が現存・オンライン公開されている。

Fig.936 正保陸奥国南部領絵図 (中川忠英旧蔵・国立公文書館所蔵)

ただし陸奥国については、近代初期の分置に基づいて組み替えられているため、本来の組み合わせがわかりづらい。これについては『中川忠英旧蔵の本来の組み合わせ』を参照。

少なくとも現存する分割の余白部分 (畾紙) に目録はないものの、郡内見出しには郡名に郡高が併記されている。これをピックアップすると以下のようになる。

本図奥州之内南部領高郷村帳※1寛文朱印留※2
北郡4784.147石※34784.147石4,784.147石※4
閉伊郡10,941.475石※510,941.475石10,941.475石※6
和賀郡12,162.215石※712,162.215石11,612.050※8
稗貫郡12,867.788石※912,867.688石12,867.788石※10
紫波郡※1113,868.059石※1213,868.059石13,868.059石※13
岩手郡10,429.807石※1410,429.808石10,429.807石※15
鹿角郡(現存しない)6,617.889石6,617.889石※16
九戸郡6,225.633石6,225.633石※17
二戸郡6,213.398石6,213.398石※18
三戸郡16,439.754石16,439.754石※19
総計※20n/a10.550.000石10,000.000石※21

『奥州之内南部領高郷村帳』は、正保4年(1648) 3月末付 (『正保四年三月晦日』) で『正保陸奥国南部領絵図』とともに提出した郷帳の控えを、幕府の求めに応じて寛文4年(1664) 4月 (『寛文四年四月十七日』) に書き写し、提出したものであり※22、『正保陸奥国南部領郷帳』に相当する。上記は『十和田市史 』※23で集計されているものを参照した。

これによれば、南部領 10郡のうち、北・閉伊・和賀・稗貫・紫波 (志和)・岩手の 6郡で本図と『奥州之内南部領高郷村帳』の郡高は一致する (明らかな誤りを除く)。現存する部分に含まれない鹿角・九戸・二戸・三戸の 4郡については比較・確認することはできないが、唯一『奥州之内南部領高郷村帳』と『南部重直宛領知判物・目録』とで差異のある和賀郡について『奥州之内南部領高郷村帳』と一致することから、それら 4郡も含めて本図は『奥州之内南部領高郷村帳』と一致すると考えていいだろう。したがって本図は『正保陸奥国南部領絵図』といえる。

なお、現存する分割のうち北郡 (#714351) 上部 (北側) の切断位置は郡界ではなく、接合部を示す割り印も存在しない。この部分は意図しない欠損と思われる。

注釈
^ ※1: 後述。
^ ※2: 寛文4年(1664) 4月5日付『南部重直宛領知判物・目録』、『寛文朱印留 上』(1980) 所収、cc.63-65。
^ ※3: 「高四千七百八拾四石壹斗四舛七合」。
^ ※4: 「高四千七百八拾四石壱斗四升七合」。
^ ※5: 「高壹万九百四拾壹石四斗七舛五合」。
^ ※6: 「高壱万九百四拾壱石四斗七升五合」。
^ ※7: 「高壹萬貳千百六拾貳石貳斗壹舛五合」。
^ ※8: 「高壱万千六百拾弐石五升 」。
^ ※9: 「高壹万貳千八百六拾七石七斗八舛八合」。
^ ※10: 「高壱万弐千八百六拾七石七斗八升八合」。
^ ※11: 『奥州之内南部領高郷村帳』『領知判物』では「志和郡」。
^ ※12: 「高壹万三千八百六拾八石五舛九合」。
^ ※13: 「高壱万三千八百六拾八石五升九合」。
^ ※14: 「高壹万四百貳拾九石八斗七合」。
^ ※15: 「高壱万四百弐拾九石八斗七合」。
^ ※16: 「高六千六百拾七石八斗八升九合」。
^ ※17: 「高六千弐百弐拾五石六斗三升三合」。
^ ※18: 「高六千弐百拾三石三斗九升八合」。
^ ※19: 「高壱万六千四百三拾九石七斗五升四合」。
^ ※20: 記載値。『奥州之内南部領高郷村帳』は「~余」の表記のため、斗以下は一致しない。
^ ※21: 「都合拾万石」。
^ ※22: 『岩手県史 第5巻 近世篇2』(1963) c.497 に抜粋されている奥書による。
^ ※23: 『十和田市史 資料篇』(1978) c.609。
(3) 正保陸奥国南部領絵図 (盛岡市中央公民館旧蔵)

『正保陸奥国南部領絵図』は、盛岡市中央公民館旧蔵のものも現存する。同館の郷土資料展示室は平成22年(2010) に閉室、史料はもりおか歴史文化館に移管された。『盛岡市中央公民館所蔵国絵図の調査』※1を参考に『盛岡市中央公民館史料目録』から特定すると『領内図』(史28-8-006)・『南部領惣絵図』(史28-8-001)・『南部領惣絵図』(史28-8-002) が『正保陸奥国南部領絵図』である。

『領内図』は目録に大きさの記載がないものの、『絵図にみる岩手』(1994)と『平成元年度 古絵図調査について』※2によれば東西 388cm または 386cm × 南北 740cm、『南部領惣絵図』は両者とも目録に「竪28尺・横12尺6寸」とあり、おおむね東西 381cm × 南北 848cmである。『盛岡市中央公民館所蔵国絵図の調査』に基づけば『領内図』が直接の控図、『南部領惣絵図』(史28-8-001) は『元禄陸奥国南部領絵図』作成に当たって幕府から貸与を受けて写したもの、『同』(史28-8-002) は「描写・彩色ともに元禄国絵図に近いが、記載されている事項は正保図のもの」とされ、『元禄陸奥国南部領絵図』作成途上のものという。

もりおか歴史文化館ではどれも外観の紹介すらなく、現況についてはわからない。『領内図』については前述の『絵図にみる岩手』(1994)に#2『盛岡藩正保国絵図控』として掲載され、『盛岡藩国絵図の調進過程』に解説がある。ただし末尾の『出品資料一覧』には『南部領惣領絵図』と、『南部領惣絵図』と取り違えている上に誤った名称が記載されている。

注釈
^ ※1: 『東京大学史料編纂所報』第23号(1988) 所収。
^ ※2: 『出羽路 第99号』(1990)所収、cc.14-25。
(4) 元禄陸奥国南部領絵図 (盛岡市中央公民館旧蔵)

前項の『正保陸奥国南部領絵図』 と同じように判断すれば、目録の『南部領高都合並色分目録』(史28-8-007) が『元禄陸奥国南部領絵図』である。

本図の大きさは「竪28尺・横14尺」とあり、おおむね東西 424cm × 南北 848cmである。『盛岡市中央公民館所蔵国絵図の調査』によれば、余白部分 (畾紙) に存在する目録に元禄12年(1699) 3月の日付 (『元禄拾弐乙卯年三月』) が記され、また控図と推定されている。資料名に「目録」が含まれるのは、この目録から文字列を抜き出したからだろう。

盛岡市中央公民館旧蔵の絵図類には、このほか他国・他領との境界確認図 (境絵図・縁絵図) や、仕様の書き付けなどの関係書類が現存し、これは仙台領に関係する宮城県図書館や出羽国秋田領に関係する秋田県公文書館に匹敵する状況といえる。しかし残念ながら積極的に活用されている様子は見受けられず、当然オンラインでも公開もされていない。

(5) 元禄陸奥国南部領絵図 (その他)

『元禄陸奥国南部領絵図』は、鹿角市教育委員会にも『奥州南部領図十郡』として現存し、同市 Webサイトの「指定文化財」のうち「有形文化財(歴史資料)」でサムネイルを確認できる※1。ただしサムネイルにしても画像はひどく、「市指定有形文化財」の価値がまったく伝えていないどころか、損なっている。

『鹿角市史 第2巻 上』(1986)に鹿角郡部分の拡大図と全体図があり、この全体図も、撮影環境・画像処理とも良好には感じないが、Webサイトのものよりは正しく外観を伝えていると思われる。大きさは東西 170cm × 南北 286cmで、基本的には略図であるものの、その拡大図によれば可能な限り原本の景観・記載を伝えようとしているようだ。ただし村高は省略され、適宜不要な情報は省略していると思われる。

『元禄陸奥国南部領絵図』は、税務大学校 税務情報センター (租税史料室) にも『陸奥国南部領高都合領郡色分目録 (南部藩元禄国絵図)』(昭43仙台0039-0001)、および『陸奥国南部領高都合並郡色分目録 (南部藩元禄国絵図)』(昭43仙台0039-0002) として現存する。名称はほとんど同じだが微妙に異なっている。余白部分 (畾紙) に存在する目録から採った文字列が異なるのだろう。「作成年月日」の記載から、その目録の奥書に相当する部分には、元禄11年6月・元禄12年3月の日付がそれぞれ記されていると思われる。

本図は『青森県「歴史の道」調査報告書』(『青森県「歴史の道」調査報告書 田名部道』(1986)など) での引用が多く (ただし青森県に関係する局所的な部分図に限られる)、それによれば正本に準ずる様式・内容のようだ。大きさは情報を得られずわからない。

注釈
^ ※1: 自治体特有の数字を含む、永続性が保証されない URLのため、直接のリンクは避けた。
(6) 天保陸奥国南部領絵図 (国立公文書館所蔵)

冒頭で言及のとおり、『天保陸奥国南部領絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵 (#764242) が現存・オンライン公開されている。

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった書庫、勘定所は勘定奉行を長とする役所であり、したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照目的のために納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保陸奥国南部領絵図』は東西 416cm × 南北 776cm、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。

(7) 天保陸奥国南部領絵図 (盛岡市中央公民館旧蔵)

『天保陸奥国南部領絵図』は、盛岡市中央公民館旧蔵のものも現存する。

天保国絵図は、幕府から提供された元禄国絵図の分割写本に薄紙 (懸紙) を重ねて修正内容を記載し、提出するという方法が採用された。本図についてはそのとき作成された、分割写本をさらに写したものに薄紙で修正内容を指示したものである。『絵図にみる岩手』(1994)所収の『盛岡藩国絵図の調進過程』(解説の一部) によれば、おおむね東西 390cm × 南北 55cm の帯状のものが 13枚あるという。

同稿には「貼り紙によって絵図の部分や注記が修正され、朱筆で注記が追加されている」とあり、また村のオブジェクトは未彩色で村高は記載されていないということから、最終的に提出には至らなかった段階のものが控図として残ったようだ。モノクロではあるが、外観の一部と局所的な拡大図も確認できる。

目録では資料名と内容から『天保盛岡領内図』(史28-8-196) が該当する。数量が「14鋪」とあるのは 13分割のほかに添えられた文書か外箱を数えているからだろう。天保国絵図一般については『9. 天保国絵図』を参照のこと。

注釈
^ ※1: 「紅葉山文庫」はほかの各種用語と同様、近代以降の俗称・学術用語。近世は主に「御文庫」と呼ばれ、「官庫」とも呼ばれた。
^ ※2: 『紅葉山文庫』(1980)
(8) 一覧

『凡例』

種別解像度参照名称等
所蔵・公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照日本六十余州国々切絵図 陸奥国 (#15701) (陸奥国全体)
秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照〔陸奥国絵図〕 (T1-102) (陸奥国全体)
岡山大学 絵図公開データベースシステム 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照陸奥国[中山道図] (陸奥国全体)
京都大学 貴重資料デジタルアーカイブ公開 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照陸奥国図 (陸奥国全体)
聖心女子大学図書館 デジタルギャラリー 公開
正保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照中川忠英旧蔵 (#714351 ・ #714350 ・ #714242)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
正保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照松平乗命旧蔵
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
正保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照松平乗命旧蔵(写)
歴史資料アーカイブ 公開 (京都府立京都学・歴彩館 所蔵)
正保参照領内図 (史28-8-006)
盛岡市中央公民館旧蔵
正保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照南部領惣絵図 (史28-8-001)
盛岡市中央公民館 旧蔵
正保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照南部領惣絵図 (史28-8-002)
盛岡市中央公民館 旧蔵
元禄オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照南部領高都合並色分目録 (史28-8-007)
盛岡市中央公民館 旧蔵
元禄外観が紹介されているだけ。参照奥州南部領図十郡
鹿角市教育委員会 所蔵
元禄オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照陸奥国南部領高都合領郡色分目録 (昭43仙台0039-0001)
税務大学校 租税史料室 所蔵
元禄オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照陸奥国南部領高都合並郡色分目録 (昭43仙台0039-0002)
税務大学校 租税史料室 所蔵
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照紅葉山文庫旧蔵 (#764242)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
天保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照天保盛岡領内図 (史28-8-196)
盛岡市中央公民館 旧蔵
(9) 変更履歴

2026.04.05:

2026.02.23:

2026.02.18:

2026.02.04:

2026.01.31:

2026.01.02: