ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、肥前国絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。

概要

肥前国は、五畿七道のうち西海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保肥前国絵図』は紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、前者 (紅葉山文庫旧蔵) が『天保国絵図肥前国』(#764020) としてオンライン公開されている。

Fig.901 天保肥前国絵図 (国立公文書館所蔵)
Fig.901 天保肥前国絵図 (国立公文書館所蔵)

肥前国は寛永を除く、慶長正保元禄天保の国絵図が現存する。

慶長肥前国絵図

慶長肥前国絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成されたと考えられている国絵図の最初、慶長年間(1596~1615) に作成された慶長国絵図のうち肥前国のものである。この『慶長肥前国絵図』は、現在 2つのバリエーションが知られ、一方は松浦史料博物館所蔵の『龍造寺駿河守分領・寺沢志摩守分領・松浦式部卿法印分領・五島淡路守分領・大村丹後守分領・有馬修理太夫分領・羽柴対馬守分領絵図』、他方は鍋島報效会 徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管の『慶長肥前国絵図』である。後者は前者を天保8年(1837) に忠実に写したもので、本質的な内容は双方で変わらないが、図の範囲は大きく異なっている。なお、後者には色彩の異なる 2枚が現存するようである。

『慶長肥前国絵図』は、内容から慶長10~12年(1605~1607) の成立と特定されている。松浦史料博物館所蔵の原本は、大きさが東西 293cm × 南北 260cm※1で、肥前国ばかりでなく壱岐国の全体と肥後国 天草郡、および筑前国 郡の一部まで含めて描かれている。これは国ごとに作成する方針が徹底されていない慶長国絵図の特徴であり、天草郡についていえば、対する『慶長肥後国絵図』には本来含まれていなかったと推定されている。つまり現存する『慶長肥後国絵図』には天草郡も含まれるものの、『慶長摂津国絵図』における淀川以南と同様に様式がほかと異なり、あとから補完されたとみられる。その部分では、村のオブジェクトは短冊形となっていて (天草郡以外は不定形の真円または楕円)、これは『慶長肥前国絵図』と共通する様式である。

一方、徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管の写本は、大きさは東西 249cm × 南北 234cmで、壱岐国と肥後国 天草郡は含まれず、写す際に省かれたようだ。背景となる自然描写は、『川村bによれば、金箔が施されるなど極彩色・重厚な原本に対し、やや淡彩であるものの描写自体は丁寧であるといい、また前述のように範囲が共通する部分においては本質的な内容に変わりはない。

松浦史料博物館所蔵の原本は、オンラインでは公開されておらず、現在のところ閲覧は出版物に限られる。また同館の Webサイトには収蔵資料の目録や検索手段は見当たらず、高精細な画像をオンライン参照できるデジタルアーカイブ等が提供される見込みもない。また徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管の写本は、「徴古館収蔵品データベース」で『慶長肥前国絵図』として参照できるものの外観に限られる (900 × 830ピクセル、および 900 × 822ピクセル)。

しかし、写本については別に武雄鍋島家旧蔵のものが武雄市歴史資料館に現存し、『肥前全図』として武雄鍋島家資料 (絵図) 閲覧システムでオンライン公開されている。以下、これを本図とする。

Fig.951 慶長肥前国絵図 (『肥前全図』 ・ 武雄鍋島家資料(絵図)閲覧システム公開)
Fig.951 慶長肥前国絵図 (『肥前全図』・武雄鍋島家資料(絵図)閲覧システム公開)

本図の大きさは東西 247cm × 南北 224cmで、解題によれば、「本図は控図の写しを所持していた大村藩から佐賀藩が天保8年(1837)頃に借用して写したものの一つと考えられる」とあり、徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管の写本と同様の経緯で作成されたものと推定されている。『慶長肥前国絵図』の2つのバリエーションでは、描かれている範囲のほかに、双方で佐賀藩主の記載が異なることが知られている。松浦史料博物館所蔵の原本では「龍造寺駿河守」であるのに対し、徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管の写本では「鍋島加賀守」であり、本図 (武雄市歴史資料館所蔵) も同様に「鍋島加賀守 (鍋嶋加賀守・鍋嶌加賀守)」となっている。

なお、本図は「淡彩」(『川村b) とはいっても、背景となる自然描写のうち、山陵は巧みなグラデーションで表現され、木々に用いられている鮮明な青はよいアクセントになっている。保存状態も良好で、またオンライン公開されている画像は高解像度・高精細で圧縮も抑えているため、筆致まで確認できる (38,573 × 36,308ピクセル)。ビューアは拡大・縮小があまりなめらかではないが、おそらく実装が単純なためと思われる。環境にもよるのだろうが、余計なことをしていない分、軽量であり動作も軽快である。様式についてをまとめれば以下のとおり。

様式 (武雄市歴史資料館所蔵 肥前全図)
城下細枠の方形に城名が表記され、記号化されている。彩色は村のオブジェクトおよび郡の見出しと同様に郡別・支配別。
オブジェクトは短冊形、郡別・支配別に彩色され、支配の境界をまたがる場合は、それぞれの支配別に分割・彩色されている。村名はその中に記載され、漢字表記、大部分に接尾辞はない。村高は外に記載されている。村名が記載されていないものは、その時点で原本の損傷 (虫喰いか、表面顔料の剥離) で読み取れなかったものと考えられる。なお本図では、個別には村高が設定されず、ほかの村に含められて把握される村が、のちの国絵図では標準的な「○○ノ内」の形式ですでに記載されている。
宿駅区別はみられない。
見出し村のオブジェクトと同じ短冊形で、郡が単一の支配下にある場合はひとつ、複数の支配下にある場合は支配ごとに、郡名・郡高とその内訳 (田・畑)・寺社領・物成・小物成、および支配者名が記載され、郡別・支配別に彩色されている。ただし養父郡はひとつの短冊形が彩色によって分割され、それぞれの情報が記載されている。またその養父郡も含めて複数の支配下にある場合は別途、郡全体の見出しがあって合算された数値が記載されているが、その場合は枠がなく、彩色もされていない。見出しによっては寺社領・小物成・支配者名は省略されているが、これらは松浦史料博物館所蔵の原本にはない項目である。松浦史料博物館所蔵の原本と共通して、村数の少ない支配については支配ごとの見出しは省略されている。
境界 (郡界)白線。これとは別に支配 (藩領) を茶線、肥前国と筑前国 怡土郡の間を墨線で分けている。
街道朱線で、一里塚なし、道程記載なし、本道・脇道の区別なし。
航路なし。
国界 (国境)国境 情報山側・海側ともないが、肥前・筑前・筑後 3国の境界付近に樹木が描かれ「三国松 (三國松) と記載されている。またその付近に「筑前境」、やや離れて「筑後之境」とあるが、性質としては国境記載というより隣国記載に近い。
隣国 色別なし。
方角記載あり。
川幅情報なし。
目録なし。ただし松浦史料博物館所蔵の原本には存在する。
その他五島列島と長崎の間のかなり長崎寄りに「椛島 五島 間四十八里 (椛嶋 五嶋 間四十八里)」とあるが、島名を取り違えているとみられる (あるいは当時はそう呼ばれていたのか)。

表内でも触れているように、本図では村のオブジェクト、郡の見出し、および各城は、郡別・支配別で彩色されている。これは、郡が複数の支配下にある場合はそれぞれで彩色されているものの、その色は支配者 (藩) で統一されているわけではない、というもので、つまり藩領が複数の郡にまたがる場合はそれぞれの色が異なるが、絶対でもないという不規則な塗り分けである。たとえば、もっとも多くの郡にまたがる佐賀藩は、三根郡・神崎郡は無彩色 (地色)、杵島郡・藤津郡は緑寄りの黄褐色 (利休茶色) で同一だが、あとの各郡はそれぞれ異なる彩色である。また同じ高来郡の佐賀藩領でも大部分は黄色だが、島原半島 (神代城周辺) では無彩色 (地色) となっている。この無彩色 (地色) は彼杵郡の幕府直轄領 (長崎町周辺) と同じである一方、高来郡の幕府直轄領 (『野母ノ内 か𛄌』) は桃色である。

なお、松浦史料博物館所蔵の原本では完全に支配別で彩色され、その凡例が目録に含まれる。またこれにより郡の見出しに支配者名は記載されていない。

注釈

日本六十余州国々切絵図 肥前国

日本六十余州国々切絵図 (余州図) は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成されたと考えられている国絵図の 2番目、寛永年間(1624~1644) に作成された寛永国絵図の略図・縮図と考えられている国絵図である。余州図は五畿七道 68国のすべてが秋田県公文書館に現存し、「日本六十余州国々切絵図」の通称も同館のものによる。『日本六十余州国々切絵図 肥前国』は文字どおりに肥前国の余州図であり、『日本六十余州国々切絵図 肥前国』(#15762) として秋田県公文書館デジタルアーカイブでオンライン公開され、大きさは東西 79cm × 南北 109cm である。

ほかに『肥前国[西海道図]』京都大学 貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 77cm × 南北 106cm、『〔肥前国絵図〕』(T1-110)岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、大きさは東西 77.6cm × 南北 107.9cm である。

また『肥前国絵図』佐賀県立図書館データベースで公開され、大きさは東西 79.4cm × 南北 108.2cm である。

正保肥前国絵図 (徴古館所蔵 ・ 武雄市歴史資料館所蔵)

正保肥前国絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 3番目、正保年間(1644~1648) から慶安年間(1648~1652) にかけて作成された正保国絵図のうち肥前国のものである。『正保肥前国絵図』は、鍋島報效会 徴古館が所蔵し、佐賀県立図書館が保管する『正保肥前国絵図』と、これを写したとみられる、武雄市歴史資料館所蔵の『五嶋図』および『肥前一国絵図』が知られる。

徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管の『正保肥前国絵図』は、大きさ東西 496cm × 南北 435cm で、五島列島の部分を含まない。武雄市歴史資料館所蔵は、その五島列島の部分が『五嶋図』、それ以外が『肥前一国絵図』に分かれ、大きさはそれぞれ、東西 261cm × 南北 355cm、東西 415cm × 南北 469cmである。徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管も本来はこの形式だったものの、のちに五島列島の部分が失われたとようだ。

Fig.967 正保肥前国絵図 (『肥前一国絵図』『五嶋図』 ・ 武雄鍋島家資料(絵図)閲覧システム公開)
Fig.967 正保肥前国絵図 (『肥前一国絵図』『五嶋図』・武雄鍋島家資料(絵図)閲覧システム公開)

上に示したのは武雄市歴史資料館所蔵の両図 (『五嶋図』『肥前一国絵図』) であり、天明3年(1783) に写された。原本は前述のとおり徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管とみられ、その時点では揃って現存していた両図を借用して写したものといえる。余白部分 (畾紙) の目録奥書には正保4年(1647) の日付が記されている。

徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管 (原本) は、『慶長肥前国絵図』と同様に外観を確認できる程度である (799 × 900ピクセル)。これに対して武雄市歴史資料館所蔵 (写本) は、武雄鍋島家資料 (絵図) 閲覧システムでオンライン公開され、詳細を確認可能である (40,935 × 55,906ピクセル、および 65,039 × 73,780ピクセル)。以降、この武雄市歴史資料館所蔵を本図と呼ぶ。

本図は背景となる自然描写がやや乱雑な印象を受けるものの、忠実に描き写したものに感じられる。自然描写についても、後代の写本のように省略・略記されているということではなく、樹林帯や山陵の鹿の子模様が丁寧ではないという意味である。いずれにせよ『正保肥前国絵図』の全体が現存するという意味で貴重な史料である。

様式に注目すると、本図では、支配別の内訳を標準の「いろは」記号であらわした上で、それらの境界を太い黄線で示している。この黄線は地色や鹿の子模様のない山陵の色に近いためか、墨線で縁取られている。朱線であらわされた街道に主・副 (本・脇) の区別があるように見えず、一里塚は同じ朱色の丸で表現されている。

城下の描写も独特で、唐津・平戸・五島の城下は記号化されているが (細枠・地色、唐津・平戸は方形、五島は海岸地形にあわせた不定形)、佐賀・島原・大村では城郭または城下の範囲が具体的に墨線で表現され、その内側や付近には具体的な街路が朱線で表現されている。濠 (堀) として機能する河川も街路と同じように描かれ、その流路は人工的である。この表現は宿駅でもみられ、基本的に街道は途切れずオブジェクトの中を貫通し、一部では城下と同様に複雑な分岐・屈曲等が表現されている。なお大村には「大村丹後守 大村城」と記載されているが、佐賀・島原に記載はない。

このほか本図では、古城は細枠・方形の記号であらわされ、背景化していない (岸嶽古城跡)。

正保肥前国絵図 (佐賀県立図書館所蔵)

佐賀県立図書館には徴古館所蔵の『正保肥前国絵図』が保管されているが、これとは別に『[肥前一国絵図]』として『正保肥前国絵図』が現存し、佐賀県立図書館データベースでオンライン公開されている。

Fig.968 正保肥前国絵図 (『[肥前一国絵図]』 ・ 佐賀県立図書館所蔵)
Fig.968 正保肥前国絵図 (『[肥前一国絵図]』・佐賀県立図書館所蔵)

本図はすでに南半分 (下半分) が失われている。このため大きさは東西 332cm × 南北 185cmで、南北方向が短い。このほか傷みが激しいため、裏打ち補修されている。目録はほかと同様に南半分にあったとみられ、残存部分には存在しない。記載内容に注目すると、まず佐賀城下に「松平丹後守」、唐津城下に「大久保加賀守」と記されていることがわかる。『川村bによれば、この表記が成立するのは明暦3年(1657)~寛文10年(1670) か、延宝5年(1677) の後半に限られる。おそらく前者が該当し (後者では遅過ぎる)、本図は明暦の大火後に現状反映の上で幕府へ再提出した国絵図といえる。

本図の様式を武雄市歴史資料館所蔵と比較すると、支配別の「いろは」記号は各村に付されているが、領域を分ける境界線は引かれていない。また街道の一里塚の点は、朱ではなく標準的な墨で示され、城下と宿駅も方形であって完全に記号化している。正保国絵図の再提出では、本図もそうであるように必要に応じて現状反映が行われたと理解されている。本図と武雄市歴史資料館所蔵の差異を前提にすれば、様式の修正についても何らかの指示があったのかもしれない。ほかに、本図の航路情報 (海上における距離等) や有明海に発達した砂州の情報は朱書きに変更されている。また後者にはついては文字列の方向が上下反対になっている。

本図は武雄市歴史資料館所蔵よりも小さく、簡略化されている個所がある。村のオブジェクト (小判形) には村名だけが記載され、村高は省略されている。その村のオブジェクトの彩色も、上下 2色で塗り分ける方式が採用され、色数が抑制されている。この塗り分け方式は中川忠英旧蔵の正保国絵図に多く、関係性がないか興味深い。

前述のように本図は佐賀県立図書館データベースでオンライン公開されており、筆致もわかる高解像度で、かつ圧縮率を押さえた高品質の画像データを参照することができる (26,087 × 14,717ピクセル)。しかし四方はわずかながらトリミングされている点は残念に感じられる。どんな余白であっても、それが無駄で無意味かどうかは、閲覧者に判断を委ねていただけるとありがたい。

正保肥前国絵図 (長崎歴史文化博物館所蔵)

『正保肥前国絵図』は長崎歴史文化博物館にも『肥前一国絵図』として現存する。『島原城下絵図翻刻稿(10) 「図絵図・郷帳と関連史料」』(2022)によれば、徴古館所蔵・佐賀県立図書館保管の原本や武雄市歴史資料館所蔵の写本と同様に、正保4年(1647) の日付が記されている。「長崎歴史文化博物館で画像閲覧が可能」とあるので、館内端末で画像データを参照できるようになっているようだ。広くオープンには公開されていない。

元禄肥前国絵図 (徴古館所蔵)

元禄肥前国絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 4番目、元禄年間(1688~1704) に作成された元禄国絵図のうち肥前国のものである。『元禄肥前国絵図』は鍋島報效会 徴古館に現存し、「徴古館収蔵品データベース」で『元禄肥前国絵図』として外観を確認できる (900 × 685ピクセル)。本図は傷みが激しく裏打ち補修されている。『島原城下絵図翻刻稿(10) 「図絵図・郷帳と関連史料」』(2022)によれば、顔料の剥離もあって文字の判読が困難な箇所も多いという。

大きさは 東西 700cm × 南北 513cm で、文化遺産オンライン『元禄肥前国絵図』では余白部分 (畾紙) の目録を確認できる画像も公開されており、それによれば元禄14年(1701) 7月の日付 (『元禄十四辛巳歳七月』) と松平信濃守の名前が記されている。

元禄肥前国絵図 (佐賀県立図書館所蔵)

佐賀県立図書館にも『元禄肥前国絵図』が現存し、『佐賀藩地図(複製)』として佐賀県立図書館データベースでオンライン公開されている。

Fig.969 元禄肥前国絵図北東部 (『佐賀藩地図(複製)』 ・ 佐賀県立図書館所蔵)
Fig.969 元禄肥前国絵図北東部 (『佐賀藩地図(複製)』・佐賀県立図書館所蔵)

大きさは東西 391cm × 155cmで、史料名から想起されるように、本図の範囲は佐賀藩領を含む佐賀県部分に限られ※1、かつ近代の「複製」である。もっとも後者に関しては「模写」というのが正しく、昭和5年(1930) 6月に手書・模写されたものである。データベースの備考によれば「村岡碩市」という人物によるもので、散見される情報から大正から昭和前期にかけての技術者らしい。文字以外は水彩絵具によるものと思われ、もとの画風はおそらく失われている。しかし村高も含めて記載されていることからいえば、原本を努めて忠実に再現したものといえる。また余白部分 (畾紙) の目録は画面の左下 (南西) に移されているため、内容も確認できる (徴古館所蔵では本図の範囲から外れる位置にある)。

なおデータベースでは「年代和暦」は「昭和19年」、「年代西暦」は「1944」とあるが、図面上には「昭和五年六月寫」と記載されている。

注釈

元禄肥前国絵図 (長崎歴史文化博物館所蔵)

『元禄肥前国絵図』は、長崎歴史文化博物館にも『肥前全図』として現存する。『島原城下絵図翻刻稿(10) 「図絵図・郷帳と関連史料」』(2022)によれば、近代の写しではないかという。『正保肥前国絵図』同様、館内端末で画像データを参照できるようになっているようだ。

天保肥前国絵図

天保肥前国絵図』は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち肥前国のものである。冒頭で言及したとおり、『天保肥前国絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、前者 (紅葉山文庫旧蔵) が『天保国絵図肥前国』(#764020) としてオンライン公開されている。ほかに縮図が存在する。ただし縮図については『福井aでは「下図」とある。

Fig.901 天保肥前国絵図 (国立公文書館所蔵)
Fig.901 天保肥前国絵図 (国立公文書館所蔵)

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保肥前国絵図』は大きさが東西 711cm × 南北 532cm で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。

注釈

一覧

肥前国絵図の一覧
種別解像度記事名称等
所蔵・公開
慶長国絵図村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照肥前全図
武雄鍋島家資料 (絵図) 閲覧システム 公開 (武雄市歴史資料館 所蔵)
慶長国絵図外観が紹介されているだけ。参照慶長肥前国絵図
鍋島報效会 徴古館 所蔵 (佐賀県立図書館 保管)
慶長国絵図オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照龍造寺駿河守分領 ・ 寺沢志摩守分領 ・ 松浦式部卿法印分領 ・ 五島淡路守分領 ・ 大村丹後守分領 ・ 有馬修理太夫分領 ・ 羽柴対馬守分領絵図
松浦史料博物館 所蔵
日本六十余州国々切絵図村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照日本六十余州国々切絵図 肥前国 (#15762)
秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 公開
日本六十余州国々切絵図村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照〔肥前国絵図〕 (T1-110)
岡山大学 絵図公開データベースシステム 公開
日本六十余州国々切絵図村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照肥前国[西海道図]
京都大学 貴重資料デジタルアーカイブ 公開
日本六十余州国々切絵図村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照肥前国絵図
佐賀県立図書館 データベース 公開
正保国絵図村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照正保肥前国絵図 (肥前一国絵図) (五嶋図)
武雄鍋島家資料 (絵図) 閲覧システム 公開 (武雄市歴史資料館 所蔵)
正保国絵図外観が紹介されているだけ。参照正保肥前国絵図
鍋島報效会 徴古館 公開 (佐賀県立図書館 保管)
正保国絵図村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照[肥前一国絵図]
佐賀県立図書館 データベース 公開
正保国絵図オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照肥前一国絵図
長崎歴史文化博物館 公開
元禄国絵図外観が紹介されているだけ。参照元禄肥前国絵図
鍋島報效会 徴古館 公開 (佐賀県立図書館 保管)
元禄国絵図村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照佐賀藩地図(複製)
佐賀県立図書館 データベース 公開
元禄国絵図オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照肥前全図
長崎歴史文化博物館 所蔵
天保国絵図村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照紅葉山文庫旧蔵 (#764020)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
天保国絵図オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照勘定所旧蔵 (#764196)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
天保国絵図オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照縮図 (#764139)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開

更新履歴

内容

:

  • 外観とメニュー類をリニューアルした。

:

  • 『日本六十余州国々切絵図 肥前国』の記事を追加した。
  • ほかの記事について表現を中心に整理した。

:

  • 『慶長肥前国絵図』『正保肥前国絵図』について外観をしめした。
  • 「てにをは」等の表現を見直した。

:

  • 一覧表の備考に記載されていた記事を外に出して、適宜追補した (慶長肥前国絵図、正保肥前国絵図 (徴古館所蔵・武雄市歴史資料館所蔵)、正保肥前国絵図 (佐賀県立図書館所蔵)、元禄肥前国絵図 (徴古館所蔵)、および元禄肥前国絵図 (佐賀県立図書館所蔵))。また佐賀県立図書館所蔵のそれぞれについて外観を示した。
  • 一覧に正保肥前国絵図・元禄肥前国絵図 (長崎歴史文化博物館所蔵) を追加し、それぞれ記事にまとめた。
  • 『天保肥前国絵図』についての記事を追加した。

:

  • 導入文を追加し、概要を追補した。

:

  • 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。

:

  • 新規作成。