オンラインで参照できる薩摩国絵図 (薩摩国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。
↓一覧へ移動薩摩国 (薩州) は西海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保薩摩国絵図』は紅葉山文庫旧蔵 (#764027) が現存・オンライン公開されている。

『日本六十余州国々切絵図 (余州図)』は、秋田県公文書館に 68国のすべてが現存し、秋田県公文書館デジタルアーカイブで公開されている。『日本六十余州国々切絵図』の通称も同館のものによる。『余州図』についての一般論は『6. 寛永国絵図・日本六十余州国々切絵図』を参照。

上に示したのは『日本六十余州国々切絵図 薩摩国』で、大きさは東西 80cm × 南北 97cm である。『余州図』は一部を除いて岡山大学 (池田家文庫) および京都大学にも現存し、薩摩国については『〔薩摩国絵図〕』(#T1-87) (岡山大学 絵図公開データベースシステム ) および『薩摩国[西海道図]』 (京都大学貴重資料デジタルアーカイブ公開) で、大きさはそれぞれ東西 78.6cm × 南北 109.3cm、および東西 78cm × 南北 106cm である。
西海道各国の『余州図』は関八州 (現在の関東地方) の各国とともに余白が多い。薩摩国については中世の行政単位に対してひとつの村が配置されているかのようで、文字どおりに数えられるほどしか村は存在しない。これが対応する『寛永薩摩国絵図』でどのように表現されているのか興味深いが、残念ながら現存を確認できない。
『正保薩摩国絵図』は東京大学史料編纂所所蔵の島津家文書の中に現存し、オンライン公開されている。

大きさは東西 450cm × 南北 820cm で、解題に「正保元年12月25日大目付井上筑後守政重等の命により島津久光が大隅国・日向国・琉球国の絵図と共に慶安2年8月 (訂補11月) 江戸幕府に提出した『薩摩國十四郡都合三拾壱萬五千五斛六斗』の下絵で、『憲教類典』所収の覚書に見るように道法一里を六寸として作成されており、官製図として美麗である上、信憑性が高い」とあり、背景の自然描写を含めて緻密に描き込まれている。下絵とはいっても基本的には完成版とする前提で作成されたものだろう。
本図には付箋の添付が多く、修正または追記が必要な内容が記載されている。また各村にはカタカナで読みが朱記されている。
元禄国絵図は国立公文書館に多く現存し、下総・常陸・日向・薩摩・大隅が正本、五畿 (大和・山城・河内・和泉・摂津) とその周囲である近江・丹波・播磨が写本である (令制国 68国ではないものを除く、元禄国絵図の一般論については『8. 元禄国絵図』を参照)。

『元禄薩摩国絵図』(#764136) は正本のひとつである。大きさは東西 414cm × 南北 781 cm で、元禄15年(1702) 8月の日付 (『元禄十五壬午年八月』)と松平薩摩守の名前が記されている。
また、東京大学史料編纂所所蔵の島津家文書の中にも国許に残された、控図と考えられる『元禄薩摩国絵図』が現存し、オンライン公開されている。

大きさは東西 400cm × 南北 800 cm で、同様に元禄15年(1702) 8月の日付と松平薩摩守の名前が記されている。
元禄国絵図のうち、正本とそれに同等の写本の両方が現存するのはこの『元禄薩摩国絵図』に限られる。
冒頭で言及のとおり、『天保薩摩国絵図』は国立公文書館に勘定所旧蔵 (#764027) が現存・オンライン公開されている。
紅葉山文庫※1は江戸城内にあった書庫、勘定所は勘定奉行を長とする役所であり、したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照目的のために納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2。
『天保薩摩国絵図』は東西 367cm × 南北 768cm、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。天保国絵図一般については『9. 天保国絵図』を参照のこと。
| ^ ※1: | 「紅葉山文庫」はほかの各種用語と同様、近代以降の俗称・学術用語。近世は主に「御文庫」と呼ばれ、「官庫」とも呼ばれた。 |
| ^ ※2: | 『紅葉山文庫』(1980)。 |
→ 『凡例』
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