オンラインで参照できる陸奥国会津領絵図 (陸奥国のうち会津領※1の絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。

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注釈
^ ※1: 国絵図における分割単位であるため、かならずしも藩領と一致するわけではない。
(1) 概要

本図の範囲は陸奥国のうち会津郡・大沼郡・郡・河沼郡の 4郡である。陸奥国の郡の変遷と近代の分置については『陸奥国と出羽国』を参照のこと。

Fig.828 天保陸奥国会津領絵図 (国立公文書館所蔵)

国立公文書館所蔵の『天保陸奥国 会津領絵図』は紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、勘定所旧蔵 (#763931) がオンライン公開されている。

(2) 中川忠英旧蔵

国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には陸奥国 会津領のものが複数に分割された形式で含まれ、「南山」の部分だけがオンライン公開されている (#714177)。

Fig.934 正保陸奥国会津領絵図 (中川忠英旧蔵・国立公文書館所蔵)

ただし陸奥国については、近代初期の分置に基づいて組み替えられているため、本来の組み合わせがわかりづらい。これについては『中川忠英旧蔵の本来の組み合わせ』を参照。会津領については、ほかに #714314#714315 の 2枚が現存するが、大きさから考えれば現存しないもう 1枚があるように感じられる。しかしこの 2枚はオンライン公開されておらず、内容を確認できないため、詳細な検討はできない。

「南山」の部分 (#714177) に記載された郡の一覧の内容と、寛永20年(1643) の保科正之宛領地目録※1を比較すれば以下のようになる。

本図領知目録備考
石高石高
河沼郡20,554.3430石※2山之郡20,554.3430石※3一致。
山郡81,306.6170石※4猪苗代81,366.1070石※5一致 (領知目録は誤り)。
稲川郡35,004.4520石※6河沼郡35,004.4520石※7一致。
小川庄9,113.7560石※8稲川郡9,113.7560石※9一致。
猪苗代20,622.5530石※10会津若松城附20,622.5530石※11一致。
安積郡6,027.6330石※12大沼郡之内6,027.6330石※13一致。
大沼郡77,635.2260石※14小川庄57,370.6460石※15差分の 20,283.1300石は幕府直轄領。
岩瀬郡之内18.5500石※16
南山19,514.4237石※17(無し)幕府直轄領。
印南伊北10,713.2370石※18(無し)幕府直轄領。
総計280,510.7907石※19総計230,000.0000石※20領知目録は会津藩分。差分の 50,510.7907石は幕府直轄領。

寛永20年(1643) 保科正之宛領地目録は会津藩領の目録である。上に示したように、本図に含まれる郡の一覧と目録の各石高は整合し、かつ寛文年間(1661~1673) に整理・再編される以前の不完全な編成であることから、本図は『正保陸奥国 会津領絵図』と確認できる。

厳密には、本図を含む全体は国絵図の分割単位である「会津領」ではなく、作成当時の会津藩領と会津藩預かり幕府直轄領の範囲となっている。このため、たとえば本図の範囲でいえば、南南西へ突出している部分 (山王峠および横川村を含む以南) は下野国 塩谷郡である。ほかの分割部分には越後国 蒲原郡の一部と、同じ陸奥国ではあるが、国絵図の分割単位では白川・三春・二本松領となる安積郡の一部が含まれるはずである。

前述のように本図の郡編成は不完全で、またそれらと領知目録との対応は混乱を極めている。これが是正されるのはいわゆる寛文印知の寛文4年4月※21を待たなければならない。

注釈
^ ※1: 『藩撰地誌「会津風土記」の編纂と会津四郡~寛文・貞享印知との関連で~』、『福島県歴史資料館研究紀要 18』(1996) cc.27-45。
^ ※2: 「高貳万五百五拾四石三斗四舛三合」。
^ ※3: 「弐万五百五十四石三斗四升三合」。
^ ※4: 「高八万千三百六石六斗壹舛七合」。
^ ※5: 「八万千三百六拾六石壹斗七合」。
^ ※6: 「高三万五千四石四斗五舛貳合」。
^ ※7: 「三万五千四石四斗五升弐合」。
^ ※8: 「高九千百拾三石七斗五舛六合」。
^ ※9: 「九千百拾三石七斗五升六合」。
^ ※10: 「高貳万六百貳拾貳石五斗五舛三合」。
^ ※11: 「弐万六百弐十弐石五斗五升三合 」。
^ ※12: 「六千貳拾七石六斗三舛三合」。
^ ※13: 「六千弐拾七石六斗三升三合」。
^ ※14: 「高七万七千六百三拾五石貳斗貳舛六合」。
^ ※15: 「五万七千三百七拾石六斗四升六合」。
^ ※16: 「高拾八石五斗五舛」。
^ ※17: 「高壹万九千五百拾四石四斗貳舛三合七夕」。
^ ※18: 「高壹万七百拾三石貳斗三舛七合」。
^ ※19: 「都合髙貳拾八萬五百拾石七斗九舛七夕」。
^ ※20: 「高合弐拾三万石」。
^ ※21: 寛文4年(1664) 4月5日付『保科正之宛領知判物・目録』、『寛文朱印留 上』(1980) 所収、cc.23-24。
(3) 一覧

『凡例』

種別参照可否確定名称等所蔵・公開備考
確定根拠
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵#15701秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 陸奥国全体。参照
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者T1-102岡山大学 絵図公開 データベースシステム 陸奥国全体。参照
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者陸奥国[中山道図]京都大学貴重資料 デジタルアーカイブ 陸奥国全体。参照
余州当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者陸奥国図聖心女子大学図書館 デジタルギャラリー 陸奥国全体。参照
正保当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。筆者中川忠英旧蔵 (#714314 ・ #714177 ・ #714315)国立公文書館 デジタルアーカイブ参照
天保当該国絵図であることが確定しているが非公開、オンラインで参照できない。所蔵#764167国立公文書館 デジタルアーカイブ正 (紅葉山) 会津領
天保当該国絵図であることが確定した、村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。所蔵#763931国立公文書館 デジタルアーカイブ正 (勘定所) 会津領
(4) 更新履歴

2026.02.23:

2026.02.18:

2026.02.04:

2026.01.31:

2026.01.02: