オンラインで参照できる上野国絵図 (上野国の国絵図) のリストと詳細情報を提供しているページです。

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(1) 概要

上野国は東山道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保上野国絵図』は勘定所旧蔵 (#763924) が現存・オンライン公開されている。

Fig.854 天保上野国絵図 (国立公文書館所蔵)
(2) 日本六十余州国々切絵図

『日本六十余州国々切絵図 (余州図)』は、秋田県公文書館に 68国のすべてが現存し、秋田県公文書館デジタルアーカイブで公開されている。『日本六十余州国々切絵図』の通称も同館のものによる。『余州図』についての一般論は『6. 寛永国絵図・日本六十余州国々切絵図』を参照。

Fig.930 日本六十余州国々切絵図 上野国 (秋田県公文書館所蔵)

上に示したのは『日本六十余州国々切絵図 上野国』(#15704)で、大きさは東西 130cm × 南北 100cmである。

Fig.931 日本六十余州国々切絵図 上野国 (『上野国14郡絵図』・秋田県公文書館所蔵)

また上に示したのは秋田県公文書館に『日本六十余州国々切絵図』とは別に現存する『上野国14郡絵図』(#120498)で、大きさは東西 168cm × 南北 114cm である。

ほかに京都大学貴重資料デジタルアーカイブでは『上野国[中山道図]』が公開され、大きさは東西 160cm × 南北 116cm、また『〔上野国絵図〕』(T1-71)岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、大きさは東西 164.0cm × 南北 117.3cm である。

(3) 寛文上野国絵図 (中川忠英旧蔵)

国立公文書館所蔵、中川忠英旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国図』) には上野国のものが 2分割された形式で含まれ、うち東部がオンライン公開されている (#714307)。

Fig.775 寛文上野国絵図 (中川忠英旧蔵・国立公文書館所蔵)

本図は国郡高の検討から『寛文上野国絵図』とわかり (『27.1.3. 寛文上野国絵図・郷帳』を参照)、対応する『寛文上野国郷帳』が寛文8年(1668) 11月付であることが同時期の成立とみられる。『寛文上野国絵図』は上野国を対象に個別に作成された国絵図であり、全国的に作成された国絵図とは経緯が異なる。しかし、正保国絵図が作成された正保元年(1644)~慶安2年(1649) に近く、また明暦の大火で失われた正保国絵図の再提出が求められた時期にも重なるため、史料としては同様に扱うことができる。特に『正保下野国絵図』との対象から国界の変遷を知る上で重要といえる (『27.3.1. 変動の要因と時期』を参照)。

本図の様式は中川忠英旧蔵に含まれる正保国絵図と共通であり、正保国絵図の仕様に従っている。余白部分 (畾紙) に目録があって、郡名・郡高の一覧と支配関係の一覧がどちらも記載されている。このうち「御蔵納并諸給人いろは分」とある支配関係の一覧は、下野国の状況を反映して平仮名 47文字だけでは足りず、数字 (漢数字、『一』~『十』『百』~『億』) やこれらの変体仮名・大字 (『伍』や『佰』など) まで加えてようやく全体を示している。ある意味で圧倒されるものがある。

(4) 寛文上野国絵図 (前橋市立図書館所蔵)

『教育ぐんま 466号』(2018)※1によれば『寛文上野国絵図』は前橋市立図書館にも現存し、群馬県立文書館で平成29年(2017) 10月~同30年(2018) 2月のテーマ展示「二つの上野国絵図 ―寛文と元禄―」で展示されていたようである。

注釈
^ ※1: 群馬県教育委員会 の広報誌。URLはhttps://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/12095.pdf、自治体 Webサイトに特有の数字を含むもので、永続性は保証されていないものとみられる。
(5) 元禄上野国絵図

群馬県立文書館には『元禄上野国絵図』が現存する。オンラインでは公開されていない。外観についても、同館 Webサイトでは各種資料で間接的・断片的に紹介されるばかりで、直接的なものは存在しない※1。また電子化されているものの、館内閲覧に限られ、広く一般には公開しようという動きもみられない。

請求番号文書群名文書番号 ・ 表題大きさ
P8710元禄十五年上野国絵図#1 元禄上野国絵図東西 555cm × 南北 520cm
P0907倉林秀昭家文書#1 元禄上野国絵図東西 179cm × 南北 172cm

P8710は古くから知られている国絵図で、『元禄上野国絵図の記載内容について』※2に文字情報と寺社等オブジェクトの一覧がある。それによれば、余白部分 (畾紙) にある目録の奥書には元禄15年(1702) 12月の日付 (『元禄十五壬午年十二月』) と酒井雅楽頭の名前が記載されている。

本図は『群馬県史 資料編9~16 (近世1~8)』(1977~1988) に「写」とされるものが収録されている。しかしそれらは一部を翻刻したものに情報を書き加えたものであって、資料名から想起される内容ではない。また『群馬県史 資料編9 近世1 西毛地域1』(1977) 収録の部分では、甘楽郡 小平村と、神原村の一部である間物が脱落していることから、正確なものかどうかについても不安がある (小平村・間物については『27.6. (参考) 山中領の混乱』を参照)。

P0907はもともと伊勢崎市の個人所蔵だったもので、『伊勢崎の村絵図 第1集』(1982) に外観と部分図 (佐位郡・那波郡) が掲載され、かなり縮小されているものの忠実に写されているようだ。群馬県立文書館の目録によれば「伊勢崎藩が解体した時に拝領したもの」という。

注釈
^ ※1: 外観を確認できるものでもっとも大きいのは「教材づくりのための郷土資料の活用案」#11 (https://www.pref.gunma.jp/site/monjyokan/130197.html、自治体 Webサイトに特有の数字を含むもので、永続性は保証されていないものとみられる) に含まれるもの。とはいえわずか 776 × 727ピクセルの画像である。
^ ※2: 『双文6』(1989) 所収、cc.3-30。
(6) 天保上野国絵図

冒頭で言及のとおり、『天保上野国絵図』は国立公文書館に勘定所旧蔵 (#763924) が現存・オンライン公開されている。ほかに縮図が存在する。ただし縮図については『福井』には「下図」とある。

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった書庫、勘定所は勘定奉行を長とする役所であり、したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照目的のために納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保壱岐国絵図』は東西 553cm × 南北 508cm、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。天保国絵図一般については『9. 天保国絵図』を参照のこと。

注釈
^ ※1: 「紅葉山文庫」はほかの各種用語と同様、近代以降の俗称・学術用語。近世は主に「御文庫」と呼ばれ、「官庫」とも呼ばれた。
^ ※2: 『紅葉山文庫』(1980)
(7) 一覧

『凡例』

種別解像度参照名称等
所蔵・公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照上野国14郡絵図 (#120498)
秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照日本六十余州国々切絵図 上野国 (#15704)
秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照〔上野国絵図〕 (T1-71)
岡山大学 絵図公開データベースシステム 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照上野国[中山道図]
京都大学 貴重資料デジタルアーカイブ 公開
その他村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照中川忠英旧蔵
(#714307 ・ #714308)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
その他オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照寛文上野国絵図
前橋市立図書館 所蔵
元禄オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照元禄上野国絵図
群馬県立文書館 所蔵
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照#763924
国立公文書館 公開 デジタルアーカイブ
天保オンラインでは参照できない、またはそもそも一般に公開されていない。参照#763927
国立公文書館 公開 デジタルアーカイブ
(8) 変更履歴

2026.04.12:

2026.02.23:

2026.02.18:

2026.02.04:

2026.01.31:

2026.01.02: