ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、出羽国庄内領絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。
概要
出羽国は五畿七道のうち東山道に属する国である。そのうち庄内領※1を描いた国立公文書館所蔵の『天保出羽国庄内領絵図』は紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、前者 (紅葉山文庫旧蔵) が『天保国絵図出羽国庄内』(#763932) としてオンライン公開されている。

範囲は出羽国 田川・飽海の 2郡である。出羽国の郡の変遷と近代の分置 (分割) については『陸奥国と出羽国』を参照のこと。
注釈
正保出羽国絵図 (致道博物館所蔵)
『正保出羽国絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成されたと考えられている国絵図の 3番目、正保年間(1644~1648) から慶安年間(1648~1652) にかけて作成された正保国絵図のうち出羽国のものである。『正保出羽国絵図』は、致道博物館にも『出羽一国之絵図』として所蔵されている。本図は同館の企画展で展示されることはあるようだが、常設では展示されておらず、詳しい情報も得られない。当然ながらオンラインでも公開されていない。
本図は、『元禄出羽国庄内領絵図』を作成するに当たって庄内藩が秋田藩の『出羽一国御絵図』を借り受けて写されたもの、と推定されている※1。大きさは東西 501cm ×南北 1,089cm で※2、東西は原本と変わらないことから、庄内藩では必要のない北部は省略されているとみられる。
『正保出羽国絵図』のうち、秋田県公文書館所蔵、米沢市上杉博物館所蔵、および中川忠英旧蔵についてはそれぞれを参照のこと。注釈
正保庄内絵図
致道博物館には『正保庄内絵図』が現存し、文化遺産オンラインで外観を確認できる。また本間美術館には、これを寛政3年(1791) に写した『正保庄内絵図』が現存し収蔵作品データベースで外観を確認できる。
本図の大きさは、原本 (致道博物館) で東西 218.0cm × 南北 458.0cm、写本 (本間美術館) で東西 205.0cm × 横373.2cmであり、後者は南北の余白をかなり限定しているように見える。画像データとしては、前者はわずか 339 × 700ピクセルかつ低品質で、それを引き伸ばして画面表示しているため、なお印象が悪い。後者は 1,366 × 1,700ピクセルの部分図またはトリミング過多で全体を確認できず、次の庄内分間絵図は史料を大切に扱っているように見受けられるだけに、とても残念に感じられる。
印刷物である『山形県史 資料篇17 近世史料2』(1980)に別刷の付録して収録されているもののほうが解像度が高く、これによれば、本図は『正保出羽国絵図』の庄内領部分をベースに作成されたとみられ、一里塚や道程記載・川幅記載などは忠実に転載されているようだ。また村高も省略されていない。
一方で、その村高は小判形の外に書かれ、城下やその周辺と町場 (宿駅等) は詳細化されているなど、もとのままではない部分があり、全体的なレイアウトも変更されている。また自然描写は海や山陵の描き方が異なるため、受ける印象はかなり違う。したがって本図は基本的に派生図と考えるべきであり、『正保出羽国絵図』からそのまま切り出した『六郡絵図』・『六郡絵図』 (秋田領) とは性格の異なる絵図といえる。
庄内分間絵図
『元禄出羽国庄内領絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 4番目、元禄年間(1688~1704) に作成された元禄国絵図のうち出羽国 庄内領のものである。本間美術館には『庄内分間絵図』が現存し、これは『元禄出羽国庄内領絵図』に関係して作成された絵図と推定される。本図は同館の収蔵作品データベースで外観を確認できる。
本図の大きさは東西 106.5cm × 177.5cm で、余白部分 (畾紙) の目録には田川・飽海 2郡の郡高・村数と元禄13年(1700) 8月の日付 (『元禄十三年庚辰八月』) が記され、作成責任者の名前の代わりに「御名」の文字がある。郡高は田川郡 136,299.6472石※1、飽海郡 62,318.745石※2である。
画像データとしては 1,170 × 2,000ピクセルのため、本図では村名を含むほとんどの文字を判読できない。しかし形状は、『正保出羽国絵図』の庄内領 (田川・櫛引・遊佐 3郡) の部分とは異なる一方で、『天保出羽国庄内領絵図』に近く、正保国絵図における不正確さが見直された元禄国絵図とがわかる。これに、郡の構成は田川・飽海の2郡で、かつ元禄13年(1700) 8月の日付が記されていることを合わせれば、本図は『元禄出羽国庄内領絵図』か、それをもとにした国絵図といえる。名前の変わりに「御名」とあることから、下絵図か、それをもとにした国絵図といえるだろう。
内容に注目すると、本図では村のオブジェクトは郡別ではなく支配別と思われる別の彩色となっていて、目録にはその凡例も記載されている。また大きさは『天保出羽国庄内領絵図』の半分程度であり、基本的には略図である。村高も省略されている。このため、本図は『元禄出羽国庄内領絵図』の下絵図をもとに作成された国絵図であり、直接的な意味での『元禄出羽国庄内領絵図』からは外れる。とはいえ、国境記載や航路記載など、縮図・派生図では省略・改変されがちな記載はもとの下絵図のままであるように見え、貴重な史料であることは間違いない。
注釈
天保出羽国庄内領絵図
『天保出羽国庄内領絵図』は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち出羽国 庄内領のものである。冒頭で言及したとおり、『天保出羽国庄内領絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵・勘定所旧蔵の両方が現存し、前者 (紅葉山文庫旧蔵) が『天保国絵図出羽国庄内』(#763932) としてオンライン公開されている。
紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2。
『天保出羽国庄内領絵図』は大きさが東西 244cm × 南北 298cm※3で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。
注釈
一覧
| 種別 | 解像度 | 記事 | 名称等 |
|---|---|---|---|
| 所蔵・公開 | |||
| 参照 | 日本六十余州国々切絵図 出羽国 (#15700) (出羽国全体) | ||
| 秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 公開 | |||
| 参照 | 〔出羽国絵図〕 (T1-108) (出羽国全体) | ||
| 岡山大学 絵図公開データベースシステム 公開 | |||
| 参照 | 出羽国[中山道図] (出羽国全体) | ||
| 京都大学 貴重資料デジタルアーカイブ 公開 | |||
| 参照 | 出羽国図 (出羽国全体) | ||
| 聖心女子大学図書館 デジタルギャラリー 公開 | |||
| 参照 | 出羽一国御絵図 (出羽国全体) | ||
| 秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 公開 | |||
| 参照 | 中川忠英旧蔵 (出羽国全体) | ||
| 国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開 | |||
| 参照 | 羽後一円大絵図 | ||
| 米沢市上杉博物館 所蔵 | |||
| 参照 | 出羽一国之絵図 (出羽国全体) | ||
| 致道博物館 所蔵 | |||
| 参照 | 正保庄内絵図 | ||
| 文化遺産オンライン (致道博物館所蔵) | |||
| 参照 | 正保庄内絵図 | ||
| 本間美術館 | |||
| 参照 | 庄内分間絵図 | ||
| 本間美術館 | |||
| 参照 | 勘定所旧蔵 (#763932) | ||
| 国立公文書館 デジタルアーカイブ 所蔵 | |||
| 参照 | 勘定所旧蔵 (#763929) | ||
| 国立公文書館 デジタルアーカイブ |
変更履歴
内容
:
- 外観とメニュー類をリニューアルした。
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- 『正保出羽国絵図』の記事の一部を秋田領から移し、追補した。
- 『正保庄内絵図』『庄内分間絵図』『天保出羽国庄内領絵図』の記事を追加した。
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- 導入文を追加し、概要を追補した。
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- 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。
- 『天保出羽国庄内領絵図』について外観を示した。
- 分類を訂正: 『出羽一国御絵図』(米沢市上杉博物館所蔵、元禄 → 正保)、中川忠英旧蔵・致道博物館所蔵・酒田市文化資料館光丘文庫所蔵を追加。
:
- 新規作成。
