越後国絵図

ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、越後国絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。

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(1) 概要

越後国は五畿七道のうち北陸道に属する国である。出羽国絵図と同じように越後国絵図正保国絵図 では『正保越後国絵図』として 1国単位で作成されたが、次の元禄国絵図からは北部の「新発田・村上領」と南部の「高田・長岡領」に分けて作成されるようになった※1。天保国絵図も同様であり、国立公文書館所蔵の『天保越後国新発田・村上領絵図』『天保越後国高田・長岡領絵図』は、どちらも紅葉山文庫旧蔵が現存し、それぞれ『天保国絵図越後国新発田村上』(#763940)『天保国絵図越後国高田長岡』(#763939)としてオンライン公開されている。

Fig.795 天保越後国 新発田 ・ 村上領絵図 (国立公文書館 所蔵)
Fig.795 天保越後国 新発田・村上領絵図 (国立公文書館 所蔵)
『天保越後国新発田・村上領絵図』
Fig.796 天保越後国 高田 ・ 長岡領絵図 (国立公文書館 所蔵)
Fig.796 天保越後国 高田・長岡領絵図 (国立公文書館 所蔵)
『天保越後国高田・長岡領絵図』

(2) 慶長二年越後国絵図

慶長二年越後国絵図』(越後国郡絵図) は、慶長2年(1597) 作成と伝わる国絵図 (郡絵図) であり、頸城郡・瀬波郡の部分が現存する。『越後国郡絵図 釈文・索引・解題』(1987)によれば、大きさは前者が長辺 586cm × 短辺 340cm、後者が長辺 693cm × 短辺 243cmで、「古 越後御絵図 二枚」の表題が記載された畳紙が付属し「慶長二年十一月中於越後被成御仕立、宝永四年九月御修覆相極」と付記されている。

本図は、慶長9~10年(1604~1605) に作成された徳川政権 (江戸幕府) の指示による慶長国絵図の一部ではないが、むしろそれよりもさかのぼるものであり、『越後国郡絵図 釈文・索引・解題』によれば文禄4年(1595) ~慶長2年(1597) の成立と推定される。江戸中期の宝永4年(1707) に米沢藩 (上杉氏) で発見され、この修復されたものが現在に伝わっている。

本図は米沢市上杉博物館・市立米沢図書館 収蔵文化財総合データベースで「越後国頸城郡絵図」「越後国瀬波郡絵図」を検索すると外観を確認できる。出発物としては、東京大学史料編纂所編纂の『越後国郡絵図 1 頚城郡』(1983)・『越後国郡絵図 2 瀬波郡』(1985) があるので※2、このとき分割撮影された高精細画像がいずれオンライン公開されることが期待される。翻刻の上で作成された複製図としては『高田市文化財調査報告書 第7集 慶長二年越後国絵図』(1965) に所収のものがあり、これを撮影したものが『慶長二年越後国絵図』(#1 ・ #2) として 新潟市立図書館 デジタルアーカイブでオンライン公開されている。上越市 (旧・高田市を含む) ではなく新潟市で公開されているのは、単純に複製図を新潟市立図書館が所蔵しているためと思われるが、「コンテンツ詳細」(目録) には「原図 米沢市上杉家事務所所蔵」とはあっても『高田市文化財調査報告書』への言及はなく、この点については腑に落ちないものがある。

注釈

(3) 日本六十余州国々切絵図 越後国

日本六十余州国々切絵図 (余州図) は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成されたと考えられている国絵図の 2番目、寛永年間(1624~1644) に作成された寛永国絵図の略図・縮図と考えられている国絵図である。余州図は五畿七道 68国のすべてが秋田県公文書館に現存し、「日本六十余州国々切絵図」の通称も同館のものによる。『日本六十余州国々切絵図 越後国』は文字どおりに越後国の余州図であり、『日本六十余州国々切絵図 越後国』(#15710) として秋田県公文書館デジタルアーカイブでオンライン公開され、大きさは東西 113cm × 南北 82cm である。

ほかに『越後国[東海道図]』京都大学 貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 105cm × 南北 78cm、『〔越後国絵図〕』(#T1-62)岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、大きさは東西 108.6cm × 南北 78.0cm である。

(4) 正保越後国絵図

正保越後国絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成されたと考えられている国絵図の 3番目、正保年間(1644~1648) から慶安年間(1648~1652) にかけて作成された正保国絵図のうち越後国のものである。『正保越後国絵図』は新発田市立歴史図書館に現存し、『正保越後国絵図』として新発田市デジタルアーカイブで公開されている。

Fig.845 正保越後国絵図 (新発田市立歴史図書館所蔵 ・ 新発田市デジタルアーカイブ公開)
Fig.845 正保越後国絵図 (新発田市立歴史図書館所蔵・新発田市デジタルアーカイブ公開)

また同じ対象を別に撮影したものが越後佐渡デジタルライブラリーでも 48分割撮影×4+αの構成のまま『正保越後国絵図』(#1 ・ #2 ・ #3 ・ #4)として公開されている。つまり全体が「資料」としてまず 4分割され、それぞれがさらに 48分割撮影されたものである。ただし余白や海の部分は省略されているので、48分割のすべてに画像が存在するわけではない。

本図は、新発田市デジタルアーカイブでは「元禄年間写」、越後佐渡デジタルライブラリーでは「控え」とあって一致しない。所蔵の新発田市立歴史図書館が存在する前者の情報が厳密と思われ、『元禄越後国絵図』作成の際に幕府から提供された写本と考えられる。大きさは長辺 (北西・南東) 10m × 短辺 (北東・南西) 5.4cm で、余白部分 (畾紙) の目録には郡名・郡高の一覧 (頸城 141,027.400・魚沼 60,107.548・苅羽 49,186.261・三島 52,401.107・古志 45,160.205・蒲原 214,873.885・岩船 49,204.021)と郡別彩色の凡例、国高 (611,960.427石、都合六拾壱万千九百六拾四斗弐舛七合)、および支配別の内訳 (『い』~『を』、および寺社領) が記載されている。

越後佐渡デジタルライブラリーには、明治19年(1886) の写本『越後国全図』(#1 ・ #2) も現存するが、外箱 (木箱) に「此図ハ正保二年旧幕府ノ調製ニ係リ後旧新発田藩ニ於テ之ヲ写シ明治十九年一月本県ニ於テ再写ス (此圖ハ正保二年旧幕府ノ調製ニ係リ後旧新發田藩ニ於テ之ヲ寫シ明治十九年一月本縣ニ於テ再寫ス)」とあることから、原本は同じといえる。本図も 48分割撮影×4+αの構成である。なお、ほかに大正10年(1921) の写本『正保越後絵図』(#1 ・ #2) も現存し (12分割撮影×2+α) 、同様に外箱 (木箱) に経緯が記載されている。

(5) 元禄越後国絵図

元禄越後国絵図』(『元禄越後国新発田・村上領絵図』『元禄越後国高田・長岡領絵図』) は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 4番目、元禄年間(1688~1704) に作成された元禄国絵図のうち越後国のものである。北部を「新発田・村上領」、南部を「高田・長岡領」とし、後者の『元禄越後国高田・長岡領絵図』は『元禄十三年 越後国岩船蒲原郡絵図』(#1 ・ #2) として新発田市デジタルアーカイブでオンライン公開されている。#1が控図、#2が下絵図 (下図) である。

Fig.943 元禄越後国 新発田 ・ 村上領絵図 (新発田市立歴史図書館所蔵 ・ 新発田市デジタルアーカイブ公開)
Fig.943 元禄越後国 新発田・村上領絵図 (新発田市立歴史図書館所蔵・新発田市デジタルアーカイブ公開)

また、下絵図を別に撮影したものが『元禄十三年越後国蒲原郡岩船郡絵図』として越後佐渡デジタルライブラリーで公開されている (64分割撮影・未合成)。

本図の大きさは東西 411cm × 南北 677cm で、余白部分 (畾紙) の目録は「越後国 村上・新発田 領高都合并郡色分目録 (越後國 村上 新發田 領髙都合并郡色分目録、村上・新発田は併記)」を表題とし、奥書には元禄13年(1700) の日付 (元禄十三庚辰年) と榊原式部大輔・溝口信濃守の名前が記されている。

なお、北部の『元禄越後国新発田・村上領絵図』については、残念ながら現存を確認できない。

(6) 天保越後国絵図 (国立公文書館所蔵)

天保越後国絵図』(『天保越後国新発田・村上領絵図』『天保越後国高田・長岡領絵図』) は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち越後国のものである。冒頭で言及したとおり、北部の「新発田・村上領」と南部の「高田・長岡領」に分けて作成され、『天保越後国新発田・村上領絵図』『天保越後国高田・長岡領絵図』とも国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵が現存し、前者は『天保国絵図越後国新発田村上』(#763940)としてオンライン後悔されている。

Fig.795 天保越後国 新発田 ・ 村上領絵図 (国立公文書館 所蔵)
Fig.795 天保越後国 新発田・村上領絵図 (国立公文書館 所蔵)

後者は『天保国絵図越後国高田長岡』(#763939) としてオンライン公開されている。

Fig.796 天保越後国 高田 ・ 長岡領絵図 (国立公文書館 所蔵)
Fig.796 天保越後国 高田・長岡領絵図 (国立公文書館 所蔵)

紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2

『天保越後国新発田・村上領絵図』『天保越後国高田・長岡領絵図』は大きさがそれぞれ 東西 367cm × 南北614cm、および東西 608cm × 南北 521cm で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。

注釈

(7) 天保越後国絵図 (新発田市立歴史図書館所蔵・新潟県立図書館所蔵)

天保越後国絵図』は、国立公文書館が公開する正本のほか、分割写本に基づく形態のものも確認され、北部の『天保越後国新発田・村上領絵図』は新発田市立歴史図書館に現存し、『越後国 村上新発田領 十巻絵図』として新発田市デジタルアーカイブでオンライン公開されている。

Fig.944 天保越後国 新発田 ・ 村上領絵図 (新発田市立歴史図書館所蔵 ・ 新発田市デジタルアーカイブ公開)
Fig.944 天保越後国 新発田・村上領絵図 (新発田市立歴史図書館所蔵・新発田市デジタルアーカイブ公開)

また、南部の『天保越後国高田・長岡領絵図』も新潟県立図書館に現存し、『越後国頸城苅羽魚沼古志三嶋郡絵図』(#1 ・ #2 ・ #3 ・ #4 ・ #5 ・ #6 ・ #7 ・ #8) として越後佐渡デジタルライブラリーでオンライン公開されている。

『越後国 村上新発田領 十巻絵図』(北部、『天保越後国新発田・村上領絵図』) は、長辺を東西方向とする帯状に 11分割され、幅はおおむね 53~54cmとみられる。天保国絵図は、幕府から提供された元禄国絵図の分割写本に薄紙 (懸紙) を重ねて修正内容を記載し、提出するという方法が採用された。本図はその形態であることから、分割写本に薄紙 (懸紙) を重ねたものをその形態のままに写したものとみられる。解説によれば「天保8年に作成された」といい、作業途中のもの (『天保出羽国秋田領絵図 (秋田県公文書館所蔵)』 など) ではないので、提出図の控図として別に新しく作成したのだろう。なお同解説に「村上藩・新発田藩領の絵図」とある「藩領」は誤解である (一国単位を原則とする国絵図が大きさを理由に分割された北部『新発田・村上領』の絵図である)。

本図は、解説によれば「平成4年3月に切り絵図を貼り合わせ」といい、現在の大きさ東西 354cm × 南北 587.5 cm の 1枚になってしまっている。『天保越後国新発田・村上領絵図』は正本が現存する以上、本来の形態を壊してまで 1枚にする必要性が見当たらない。特に天保国絵図の作成過程を伝える意味ではそのままであったほうが望ましく、理解が難しい。

『越後国頸城苅羽魚沼古志三嶋郡絵図』(南部、『天保越後国高田・長岡領絵図』) も、元禄国絵図 (『元禄越後国高田・長岡領絵図』) の分割写本に基づくものであり、提出図の控図として新しく作成されたものとみられる。本図はもとの形態を保持しており、長辺を東西方向とする帯状に 8分割され、幅はおおむね 53~54cmとみられる。画像データとしては、分割撮影のまま公開されている。

(8) 一覧

越後国絵図の一覧
種別解像度参照名称等
所蔵・公開
その他村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照慶長二年越後国絵図 #1 #2
新潟市立図書館 デジタルアーカイブ 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照日本六十余州国々切絵図 越後国 (#15710)
秋田県公文書館 デジタルアーカイブ 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照〔越後国絵図〕 (T1-62)
岡山大学 絵図公開データベースシステム 公開
余州村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照越後国[北陸道図]
京都大学 貴重資料デジタルアーカイブ 公開
正保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照正保越後国絵図 (#ct00000001)
新発田市 デジタルアーカイブ 公開
正保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照正保越後国絵図 (#1 ・ #2 ・ #3 ・ #4)
越後佐渡 デジタルライブラリー
正保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照越後国全図 (#1 ・ #2)
越後佐渡 デジタルライブラリー 公開
正保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照正保越後絵図 (#1 ・ #2)
越後佐渡 デジタルライブラリー 公開
元禄村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照元禄十三年 越後国岩船蒲原郡絵図 (#ct00000002)
新発田市 デジタルアーカイブ 公開
元禄村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照元禄十三年 越後国岩船蒲原郡絵図 (#ct00000003)
新発田市 デジタルアーカイブ
元禄村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照元禄十三年越後国蒲原郡岩船郡絵図
越後佐渡 デジタルライブラリー 公開
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照紅葉山文庫旧蔵 (#763940)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照勘定所旧蔵 (#763939)
国立公文書館 デジタルアーカイブ 公開
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照越後国 村上新発田領 十巻絵図
新発田市 デジタルアーカイブ 公開
天保村名の文字を明瞭に判読可能な高解像度の画像がオンライン公開されている。参照越後国頸城苅羽魚沼古志三嶋郡絵図 (#1 ・ #2 ・ #3 ・ #4 ・ #5 ・ #6 ・ #7 ・ #8)
越後佐渡 デジタルライブラリー 公開

(9) 変更履歴

内容

:

  • 『慶長二年越後国絵図』『日本六十余州国々切絵図 越後国』の記事を追加した。
  • 『正保越後国絵図』『元禄越後国絵図』の記事について、内容を整理した。
  • 国立公文書館所蔵『天保越後国絵図』の記事を追加した。
  • 新発田市立歴史図書館所蔵『天保越後国絵図』の記事の表題を「天保越後国絵図 (新発田市立歴史図書館所蔵・新潟県立図書館所蔵)」に変更し、追補した。

:

  • 『元禄越後国 新発田・村上領絵図』『天保越後国 新発田・村上領絵図』(新発田市デジタルアーカイブ公開) について外観を示した。

:

  • 導入文を追加し、概要を追補した。

:

  • 「てにをは」のほかわかりづらい部分を見直した。
  • 元禄越後国絵図について、新発田市デジタルアーカイブと越後佐渡デジタルライブラリーの説明が逆だったものを訂正した。
  • 『正保越後国絵図』(新発田市デジタルアーカイブ公開)について外観を示した。

:

  • 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。
  • 同様に一覧表の備考に記載されていた記事を外に出して、表現などわかりづらいところを適宜、見直した。
  • 『天保越後国絵図』(『天保越後国新発田・村上領絵図』『天保越後国高田・長岡領絵図』)について外観を示した。

:

  • 新規作成。