ここでは、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図のうち、甲斐国絵図について詳細をまとめています。一覧は末尾にあります。
(1) 概要
甲斐国 (甲州) は五畿七道のうち東海道に属する国である。国立公文書館所蔵の『天保甲斐国絵図』は紅葉山文庫旧蔵が現存し、『天保国絵図甲斐国』(#3146787) としてオンライン公開されている。

甲斐国はオンラインで参照可能な国絵図が『余州図』と『天保甲斐国絵図』だけであり、最小限に留まる。
(2) 日本六十余州国々切絵図 甲斐国
日本六十余州国々切絵図 (余州図) は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成されたと考えられている国絵図の 2番目、寛永年間(1624~1644) に作成された寛永国絵図の略図・縮図と考えられている国絵図である。余州図は五畿七道 68国のすべてが秋田県公文書館に現存し、「日本六十余州国々切絵図」の通称も同館のものによる。『日本六十余州国々切絵図 甲斐国』は文字どおりに甲斐国の余州図であり、『日本六十余州国々切絵図 甲斐国』として秋田県公文書館デジタルアーカイブでオンライン公開され、大きさは東西 84cm × 南北 81cm である。
ほかに『甲斐国[東海道図]』 が京都大学 貴重資料デジタルアーカイブで公開され、大きさは東西 107cm × 南北 78cm、『〔甲斐国絵図〕』(T1-72) が岡山大学 絵図公開データベースシステム で公開され、大きさは東西 109.5cm × 南北 78.7cm である。
(3) 松平乗命旧蔵
『正保甲斐国絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成されたと考えられている国絵図の 3番目、正保年間(1644~1648) から慶安年間(1648~1652) にかけて作成された正保国絵図のうち甲斐国のものである。国立公文書館所蔵、松平乗命旧蔵の国絵図群 (通称『日本分国絵図』) には甲斐国のものが含まれ、現存する (#725267)。オンラインでは公開されていない。
この松平乗命旧蔵の国絵図群には、松平乗命から明治政府へ渡る前後 (明治5~6年(1872~1873))に、京都府が一式を借用して忠実に模写したものも存在し、京都府立京都学・歴彩館に現存、館古044: 国絵図という一群で管理されている。その『甲斐国絵図』もオンラインでは公開されていないが、目録は国立公文書館デジタルアーカイブよりも充実している。
それによれば大きさは東西91.3cm × 82.4cm※1、また国郡高をまとめれば以下の表のとおりである。
上記のとおり、本図の国郡高は江戸初期 (織豊末期) のものに一致する。したがって本図は、少なくとも元禄国絵図より前の国絵図であるといえ、『正保甲斐国絵図』の可能性が高い。しかしこれ以上は国郡高から特定することはできず、内容を検討する必要がある。
注釈
(4) 元禄甲斐国絵図 (柳沢文庫所蔵)
『元禄甲斐国絵図』は、江戸期 (江戸時代) に全国規模で作成された国絵図の 4番目、元禄年間(1688~1704) に作成された元禄国絵図のうち甲斐国のものである。この『元禄甲斐国絵図』は奈良県 大和郡山市の柳沢文庫に現存する。『柳沢文庫収蔵品仮目録 1』(1983) によれば、元禄15年(1702) 12月の日付を持つ甲斐国絵図が 2枚所蔵され、そのうちの 1枚のサイズは 435×364cmとある。
柳沢文庫は大和郡山藩主・柳沢氏に由来する。この柳沢氏は元禄国絵図が作成された当時の甲府藩主であり、享保9年(1724) に郡山藩に移封となってそのまま明治維新を迎えた。『天保甲斐国絵図』の大きさは東西 399cm × 南北 357cmであるので、前述の 1枚はそれよりも大きい。控図として作成されたものか、またはほぼ最終版といえる下絵図が国許に残され、柳沢氏の移封にともなって大和郡山に移ったのだろう。いずれにせよ、ほとんど原本と変わらない緻密に描き込まれたものと想像される。しかし同文庫にはデジタルアーカイブのようなものはなく、この『元禄甲斐国絵図』をオンラインで参照できないのは非常に残念である。
レファレンス共同データベース#1000285833によれば『山梨県史 資料編8 近世1』に別刷の付図として収録されているとみられるが、サイズは 59×68cmとあるので、外観を確認できる以上のものではないだろう。
(5) 元禄甲斐国絵図 (内閣文庫旧蔵)
『山岳 第10年 第1号』(1915) の記事中に※1「内閣文庫所蔵の甲斐国絵図は、享保年間に元禄図を基として修補した極彩色の絵図
」、『文献 第3号』(1960) の記事「内閣文庫地理関係資料展示会」の中に※1「甲斐国絵図
」「元禄国絵図模本
」という言及がそれぞれ存在することから、内閣文庫に『元禄甲斐国絵図』が存在することがわかる。
内閣文庫 (現在は国立公文書館の一部) の国絵図は、大きく中川忠英旧蔵 (通称『日本分国図』)・松平乗命旧蔵・その他に分けることができる。これらのうち、中川忠英旧蔵に甲斐国絵図は含まれない。松平乗命旧蔵は『正保甲斐国絵図』の可能性が高く、少なくとも元禄国絵図ではない。したがってその可能性があるのは、残る『甲斐国絵図』(#1243235 / 177-0529) か『甲斐国絵図』(#1225274 / 177-1051) のどちらかである。しかしこの 2つについては目録や『改訂 内閣文庫国書分類目録 下』(1975)からは詳しい情報が得られず、これ以上は内容を確認しないとわからない。
注釈
(6) 天保甲斐国絵図
『天保甲斐国絵図』は、江戸期に全国規模で作成された国絵図の最後、天保年間(1830~1844) に作成された天保国絵図のうち甲斐国のものである。冒頭で言及したとおり、『天保甲斐国絵図』は国立公文書館に紅葉山文庫旧蔵が現存し、『天保国絵図甲斐国』(#3146787) としてオンライン公開されている。
紅葉山文庫※1は江戸城内にあった、将軍の利用を原則とする書庫 (図書館) であり、勘定所は勘定奉行を長とする役所である。したがって紅葉山文庫旧蔵は保存と限定的な参照を目的に納められたもの、勘定所旧蔵は実務に供されたものとなるが、紅葉山文庫旧蔵も必要に応じて借用・参照されたようである※2。
『天保甲斐国絵図』は大きさが東西 399cm × 南北 357cm で、目録の奥書部分には、全国一律に天保9年(1838) の日付 (『天保9年戊戌五月』) と明楽飛騨守・田口五郎左衛門・大沢主馬の名前が記されている。
注釈
(7) 一覧
(8) 更新履歴
内容
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- 日本六十余州国々切絵図の記事について、表題を『日本六十余州国々切絵図 甲斐国』に変更し、説明を整理した。
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- 『日本六十余州国々切絵図』『天保甲斐国絵図』の記事を追加した。
- 松平乗命旧蔵の記事を若干、追補した。
- 『元禄甲斐国絵図』の記事を柳沢文庫とそれ以外に分割・追補した。
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- 一覧に『元禄甲斐国絵図』を追加し、記事にまとめた。
- 松平乗命旧蔵について記事にまとめた。
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- 導入文を追加し、概要を追補した。
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- 構成を再整理し、概要を追加した。誤字・脱字を適宜修正した。
- 『天保甲斐国絵図』について外観を示した。
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- 新規作成。